
2025年6月公開
監督:三池崇史
脚本:森ハヤシ
原作:福田ますみ
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あらすじ:2003年、小学校教諭の薮下誠一は児童氷室拓翔と両親から告発された。体罰と自殺の強要など人間的に狂っているようなことを拓翔にしていたのだ。大々的に報じられる中で、裁判となって完全に不利な状態となっていたが、ひとりの弁護士が薮下につく。果たして、裁判の行方は。
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よくできているなあとは思いました。薮下誠一を演じる綾野剛の二役に近いような演じ分けも見事です。亀梨和也の演技もかなり良かったです。でも、私は上映前から冷静に注視していこうと強い気持ちを持って臨んでいました。スタッフロール最後の「監督 三池崇史」の文字を見て、ああ、そういえば三池崇史監督だったよなあと思いました。
氷室一家側がかなりの悪として描かれています。氷室一家側の弁護を担当した北村一輝もいかにもな演技でした。なので、観客もかなり正義感をくすぐられたのではありませんか。この映画を見て、映画館を出て、教師を訴えたあの家族はなんてひどい奴らなんだと憤った方がどれほどいるのでしょうかね。
でも、ちょっと待ってくださいよ。
序盤で、氷室少年が他の児童に暴力を振るったとき薮下はどうしましたか。あの場面をよくよく思い出してください。薮下先生は氷室少年の頬を撫でるようにした仕草がありましたね。それはさておき、撫でながら薮下先生は何と言いましたか。このセリフがかなり重要です。「(こんなことされたら)痛いよね。だからやめようね」というふうに言いましたよね。撫でただけなのに「痛いよね」のはおかしいでしょう?
では、次に、裁判の結果はどうでしたか。判決において氷室側の主張が9割否定されました。全部じゃないんです。体罰だけは認定されました。
そういうことなんですよ。
クライマックスにおいて、教育委員会による薮下先生への処分が取消となったことが知らされました。裁判の前に、教育委員会は薮下先生の体罰諸々を認定して停職6か月の処分を下していたのです。そのあと氷室一家が薮下先生を訴えているという流れです。その裁判から10年後に教育委員会が処分取消をしています。この演出なんですが、普通に見ていると教育委員会が薮下先生の体罰を否定したようになりますよね。でも、よくよく見てみると、教育委員会は「体罰はなかった」とまでは言ってないですよね。あくまでも「停職6か月」という処分を取り消しただけですよね。
さて、裁判で薮下先生の意見陳述がありました。これにも違和感があります。意見陳述の前に氷室母による氷室少年への虐待を匂わせる場面がありました。これについては、裁判では触れられずに意見陳述へと至りました。その意見陳述において薮下先生は「氷室少年が嘘をついている。子供は嘘をつくものだ。だが、それをしっかり叱る大人が必要だ」というようなことを言いました。虐待を匂わせる場面を観客に見せておきながら、親からの虐待を恐れて嘘をついた氷室少年を叱るべきというのですか。これっておかしくないですか。
だからと言って! ちょっと待ってくださいよ!
やっぱり薮下先生は体罰したんです、ってはっきり言えますか。
正直わかりません。真実は何でしょうか。真実を知るためには薮下先生と氷室少年の脳内記憶をたどるしかありません。タイムマシンで当時の現場へ行って、この目で見るしかないんです。
それができないからもどかしい!
繰り返しになりますが、本作は氷室一家側をかなりの悪として描いています。それが本作の言いたいことなのです。と思わせておいて、ほとんど気づかないような矛盾する演出が混ぜられています。
というわけで、我々の日常でもちょっとした事件があるでしょう。我々が目にしている報道もいろいろあります。それらの真実とは何なのか、見極めるのは困難だからできる限り冷静に行動したいというのが私の答えです。
真実は当事者の頭の中にしかないということがほとんどですし、それが信用に値する相手なら信じて守ってあげたいし、自分の身に起きたことなら真実を主張するしかありません。
……うーん、この感想文を書いて、ちょっと5分くらい経ってみて、改めて冷静になってみると、私は原作を読んでいません。でもなあ、どうなんだろうなあ、原作は児童と家族をどれくらい取材したのかなあというのは気になりますけどねえ。先生の取材がほとんどじゃないのかなあ、って思いますけど、これも私の勝手な印象であり週刊誌と同じことをやってるよなあと思いました。