
2024年8月17日初公開、9月13日全国公開
監督、脚本、撮影、編集、VFX他:安田淳一
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あらすじ:幕末の京都、長州藩士の山形を討つ密命を受けた会津藩士の高坂だったが、刃を交えた瞬間落雷によって現代の京都へ飛ばされた。京都撮影所に紛れ込んで助監督の山本裕子と出会い、記憶を無くしたエキストラ俳優としてこの時代で生きていくことにした。斬られ役を得て、新たな人生を歩みはじめた高坂は討つはずだった山形とまさかの再会を果たす。この時代で風見と名乗っている山形にはとある目的があった。それはいったい。
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本当にすばらしい作品です。自主製作なのに、同じく映画館で上映されている他の名監督作品などに負けていません。
自主製作でここまでやれるのかという衝撃があります。音声などに安っぽさはありませんし、東映京都撮影所が協力してくれたというのもありまして、絵の安さもありません。ただ、完成時の監督の預金はわずか7000円だったとか。
タイムスリップしたら高坂さんは当然現代のいろいろなものに驚きますよね。過去から未来に来た人間がどのような驚き方をするのか、タイムスリップを扱う映画としては重要な見せ場ですよね。そのあたりの流れが見事だと思いました。140年後の未来に来てしまったことを理解する流れが見事です。そして、何よりも高坂という人間が幕末から来たということを誰にも明かさないという脚本が本当にすばらしいと思います。
全国公開となったので、ぜひ稼いでいただきたいものです。
自主製作だからでしょうか、どうしても気になるカットがあったり、自主製作なのにそういうことやっちゃいますかという場面もありますが、そういった部分は目をつぶるべきでしょうか。
冒頭の高坂というキャラが何者なのか、なぜ長州藩士を斬ることになったのか、それをすべてセリフで説明してしまって、長州藩士といざ斬り合う場面でもお互いに名乗ったのは脚本としてまずいかなと思いました。つかみは大切だと思います。冒頭でくどい説明セリフをやられてしまって少々冷めました。
撮影所所長の性格は二面性があります。中盤の高坂指名を喜ぶ場面と終盤の高坂と山形が書いた文書を見て安心する場面は、同じキャラとは思えない怖さがあります。
そして、私が最も気になった部分は、本作において最大の見せ場であり本作が全国公開となる評判を集めたクライマックスの殺陣です。
落雷がなければ幕末に高坂と山形が斬り合ってどちらかが死んでいたはずです。それが現代において高坂と山形によって殺陣撮影用の模造刀ではなく真剣で再現されることとなりました。時代劇の撮影で真剣を使うということでどんなことがあっても製作会社やスタッフその他諸々に責任を問わないことを記した文書を二人が提出しました。そして、実際に真剣勝負をして、それを時代劇の一場面として撮影しようとしたわけです。
このふたりは本物の侍であり、殺し合いをしていたから真剣勝負を監督などに提案したわけですけども、本作のヒロインである助監督の山本裕子が止めました。高坂が所属する殺陣師の事務所師範も反対しました。ただ、監督はリアリティを求めて真剣勝負を受け入れてしまいました。撮影は止められずに真剣勝負へと至りました。
でもね、これって、令和に製作される時代劇の演技なんですよ。令和なんですよ。現代の我々の倫理というものがありますよね。山本裕子と殺陣師範以外の製作スタッフは全員その倫理観が欠如していることになりますよね。真剣勝負を提案されて撮影を強行してカメラマンに撮り続けろと指示した監督の倫理観はかなりヤバいということですよね。こういうところがリアリティを求めすぎた人間の暴走だなと思ったわけです。園子温監督や殺陣を含めたアクションを撮っていた坂口拓のことが思い出されてしまいました。
現代の倫理を持って、ふたりの真剣勝負を本来であれば止めるべきなんです。真剣勝負を止めなかった監督やスタッフは反省しろ。
ここからは重大なネタバレになります。どうか映画館でご覧ください。
では重大なネタバレなのですが、高坂が踏みとどまったんですよ。山形が刀を落としたので100%間違いなく高坂が斬る流れになったのですが、高坂は寸でのところで刀を止めました。
高坂が止めた経緯について、私は以下のように思います。
前半で京都の寺に拾われて住み込むことになりました。数日ほど何も食べずに京都をさまよった高坂が寺で助けられておにぎりを食べました。このときの高坂がおにぎりのうまさと白さにめちゃくちゃ感動するんですよ。久しぶりに食べたというのもあるでしょうが、幕末と現代の米は味が違うでしょう。
そのあとすぐにショートケーキを食べる場面もありました。ここで高坂はケーキのあまりのうまさに泣いて、この時代は庶民でもこんなうまいものを食えるようになったのかと時代の変化にも感動するわけです。
私もおにぎりとケーキの場面でかなり泣いてしまいました。それはさておき、日本は豊かで良い国になったというふうに時代の変化を高坂は受け入れたわけですよ。前半のこの場面で高坂は現代の倫理を学んで理解したと思います。
だからこそ、本作最後の真剣勝負で高坂は刀を止めることができたのだと思います。
さて、一方で、本作のクライマックスを飾る真剣勝負ですが、これって、さも本物の刀を使って斬り合っているように見せる演技なんですよね。ややこしいけど、本作は映画であり作中は幕末の場面であってもすべて演技であり模造刀を使ったものなんですよね。それをまるで本物の真剣を使った殺し合いに見せる殺陣というのは、本当にすばらしい技術だなと思うわけです。
本作で語られるのは、時代劇を復活させたい製作スタッフの願いです。民放の時代劇が全滅して久しい世の中です。NHKはまだ雲霧仁左衛門とかたまにやっていますが、テレビのゴールデンタイムでは時代劇が見られなくなりました。しかし、時代劇を作る技術はなんとかして残したい……時代劇が減って殺陣の技術が損なわれていきそうですが、撮影用の馬術はほぼ壊滅状態らしいですね。「どうする家康」でも乗馬の場面はCGを使ってしまいました。
どうなることやら、時代劇。
とはいえ、私はとても良い時代に生きています。それを思い知らされました。