
2021年3月日本公開
監督、脚本:リー・アイザック・チョン
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あらすじ:1980年代の米国中部アーカンソーに朝鮮系の家族が引っ越してきた。米国内で増えつつあった朝鮮系向けに野菜を育てて成功しようと夢を見ていた。しかし、その計画に確実な見通しもない。夫婦はけんかばかり、少年は心臓に病気を抱えている。そんなとき妻の母もいっしょに住むことになったが。果たして彼らの行方は。
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劇場内は私ひとりでしたので、途中から津先生のミナリ評をチラチラと読みながら鑑賞しました。
祖母と少年の間で起こる某飲料の事件はかなり面白かったですが、津先生も「抱腹絶倒」とおっしゃっていたので安心しました。
津先生のおっしゃるとおり、一家の行方から目を離せません。
ひとつ気になったのは、ヒヨコです。雌雄を確認する仕事を彼らはやっていましたが、そのときオスが燃やされていました。卵を産まないし肉もおいしくないので処分するのだそうです。てっきりメスが卵用でオスが肉用なのかと思っていたのですが。確認してみると確かにオスは処分されることが多いそうです。
役に立つものだけが選別されて生かされる、役に立つものもその行方は……といったところでしょうか。
スタッフロールに入る前に希望が示されましたがその希望の前に起こるとある事件は、我が家でも起きそうだなと思いました。アレの祖母がナニをコレしてしまうのですが、うちでも同じことをやってしまいそうです。肝が冷えました。
見る前は、舞台はもっと昔なのかなと思いきやレーガンの時代なんですね。けっこう最近です。にもかかわらず「顔が平たい」と白人に言われていました。最近、米国在住の朝鮮系の動画を見ました。その中ではアジア系というものは一括りであり韓国も日本もいっしょだというものでした。今どきそんな知識の無さがあり得るのかよと思うわけですが。だって、我々は、アメリカというものは南部と北部で文化が違ったりカリフォルニアの都市部や東部の都市部と中部南部でいろいろ違ってるということを知っているのに、アメリカにはそのことを知らない連中がいるというわけです。
何が自由の国だ。
そんなことを言っちゃうのも浅はかでございます。
だけど、この作品が示したあの希望はいったい何を意味するのでしょうか。伏線が示した希望、あの棒はいったいどういうことなのでしょうか。それを否定しなかったこの作品が言いたいこととはいったい何なのでしょうか。