俺様は常々(つねづね)、介護は宗教‼️とこのブログで言いまくり倒してきた。
この世の正しさの頂点 - 孤高の底辺。うんこ拭き(介護福祉士)おじさんの戯言ブログ💩:®️
こと高齢者介護という領分に限って考えてみても、"あちらさん=医療"の側は究極の理論の世界であって、"こっち側=介護(うんこ拭き界💩)"は極限の『べき論』..つまり思想であり信仰の世界だ😛...とまぁ勝手に俺様がそう考えているだけなんだけれどね。
「生きていく意味、ありますか?」…医療技術の発展で“生き延びてしまった”高齢者の『嘆き』に介護施設ができることとは(髙口 光子) | +αオンライン | 講談社(1/2)
もしも今、暇で暇で仕方がないという人がいれば👆の記事を読んでみて欲しい📱👀。..どこそこの施設のお偉いさん(多分医療職)のオバさんが編み出した一つの"教義"についてのエッセイ?である。リンクを辿って3話くらいあって10〜15分もあれば読めると思う。
はい。それでは紳士淑女の皆さんも読み終わったとおもうので感想を書いていくことにしようそうしよう。
ずいぶんとまぁ劇場型の美談に仕立てあげてんなこの人👀。言っていることはわからなくはない。病院と施設のあり方の違いみたいな話で、この思想というか教義があるので両者(病院🏥と介護施設)での身体拘束..抑制?の考え方や方法論がまるっきり違うのだ😣。
老いて病んでただ死んでいく人たちの価値は何によって決まると思いますか?それはそのお年寄りが「出会った人」で決まります (上記本文より引用)
と、この教祖さまはおっしゃっておられるわけだけれど、別に死に価値を求めなくてもいいんでねーの🤪とか俺様は思ってしまうのです。だけれどうんこ拭き(介護職)💩という人種はアタマが悪くてキラキラした思想が大好きな人らの集まりなので一定数の信者獲得は出来ると思う🤩✨✨。....ほんのひと時だけれど、俺は訳あって葬儀事業に携わっていたことがある⚰️💐。うんこ拭き界隈(介護業界)のダサくて小汚いジャージみたいな制服と使い捨てのゴム手袋🧤から、高級感溢るる漆黒の礼服に身を包み、シルク(ではなかったけれど)白手袋を身につけて恭しく粛々と振る舞うお仕事だった..👔。直葬と呼ばれる火葬場に搬送されて荼毘にふされるだけのもっともシンプルな"終わり方"と、何人もの坊さん..お導師様🧑🦲🧑🦲📿を呼んで大勢の会葬者を集めて、高級な骨壺と棺⚰️を用意して行われた盛大なお葬式も、どっちも"死"は死だ。変わりはない。生前の経済力の影響は多々あったのだろうけれど、どっちに価値があったかという問いはなにか違うと思う。

(尾田栄一郎 著 『ワンピース』©️四皇カイドウ)
『生まれ落ちたら死んだも当然』なんて狂歌?だか落語だかがあったような気がしなくも無いけれど、生まれて、生きて、老いて、死ぬ。当たり前のことで、そこに無理矢理にドラマチックなストーリーや感動の美談を引っ付ける必要は無いようにおもう。この著者のおばさんは、介護現場や介護職の崇高な使命とかかけがえのない素晴らしいエピソードみたいなのを強調したいみたいだけれど..うーーん..感動ポルノが響かない自分みたいな外道からしたら、『それってあなたの考えですよね?(※ぱくり)、なに言ってんだコイツ?』🤨って感じだ。無理に"価値"をくっつけなくてもよい。
ポルノ中毒になって搾取されることが尊い🥺みたいな狂信者にならないように注意しようそうしよう。そっちの理屈のが正しいことになってはいるけれど、
fin.