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宝くじは精神安定剤

いつかは365日連続でブログを更新したいと思いながら、元日から早々に脱落ギリギリの更新。幸先悪し。

今年というか昨年の年末ジャンボもかすりもしなかった。また平民生活続行。

なぜこんなに確率の低いギャンブルに金を溶かしているのかと嘲笑する人間も多いが、もう自分の人生にこの先大きな変化がなさそうだ、という見通しの確かさは、年末ジャンボに当たらない確率くらい確かなのだ。劇的に良くもならなければ悪くもならない。せいぜい病気や事故で死ぬタイミングが早いか遅いかくらい。

これはとても幸せなことだ。そして、幸せというのは、暇である。それがどれくらい暇で不毛なことかと言うと、もうラスボスを倒してしまったRPGが名残り惜しくて、ラスボス直前のセーブデータでいつまでも無駄にワールドマップを徘徊してマニアックなアイテムを蒐集するくらい暇で不毛である。これから人生を楽しむには人生を一からやり直すくらいのインパクトが必要で、そのインパクトをもたらすには10億くらい必要なのだ。生涯年収が10億に至らないことを確信しているからこそ、自分の人生で10億を手にする可能性を0にしたくない。ただそれだけの余白を作るためだけに、金を捨てている。

別に当座の金には困ってないのだ。本は日本人が読書しないせいで図書館で好きなだけ新作を読める。旅行は出張ついでに寄れる。飯もランチで1000円ちょっと出せば十分贅沢できる。ただ漠然と、抽象的に感じている、妻と生活している日常の閉塞感を、大金を手にすることで緩和したいのだ。家族を捨てれば済む話ではあるが、子ども達が妻の支配下で暮らすのはあまりにも酷なので、それができないでいる。子ども達を産んだ責任は自分にあるので、少なくとも成人するまで防空壕の役割を果たさなければならない。ただ耐えるだけの10年強が今後も続く。宝くじはその絶望感を緩和するための一縷の望みなのだ。

そう考えると、もし妻が早々に病気が何かで死んだならば、それは私にとって宝くじに当たるくらいの僥倖ということなのだな。新年早々不謹慎で失礼。皆さんに健やかな家庭生活がありますことをお祈り申し上げます。




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