いつまでこの会社で腐ってるんだろう。
休日が続くとそんなことが頭をよぎる。
大学の同窓生はなんだかんだちゃんと出世をして、たくさんお金を稼いでいる。数年前はさほど気にならなかったが、自分の2倍も3倍も稼いでいる話が景気よく飛び交っているのを見ると、そこまで人間的な価値の差があるのだろうかと自信がなくなってくる。主観的には今の収入で不足を感じていないし、業界の相場の違いもあるのだろうけど、あまり気分の良いものではない。
大きい会社でたくさん給料をもらっている人間を観察すると、皆とても人の言うことをよく聞く。やれと言われたことを素直にやるし、決められたルールに疑問を持つこともなく、ルールの外に逸脱しない。とてもお行儀が良い状態を長年続けていけている。それを見ると、確かに私にはその能力がないと思い知らされる。
就業時間は自分で決めたい、気が向いた時に休みたい、ノルマは守りたくない、売れと言われたものを売りたくない、言いたいことを言いたい、おべっかや追従を行使したくない。同僚も顧客も選り好みしたい。とにかくわがままで全て自分の思い通りにしないと気が済まないのだ。こんな人間がそもそも大企業で雇われるはずがない。「お行儀が良い」ということは収入にして2倍から3倍のインパクトを与えるファクターなのだ。給料3倍にしてやるからお行儀良くしろと言われたら私は砂をかけるだろう。
そんなわがままな自分がなんで安いなりに日々を生きていけるだけの給料を支払ってくれる会社に属していられるかというと、勤め先の会社のレベルが低すぎて監視の網が緩すぎるのと、相対比較ではサボりまくってもまだ「優秀」な部類に入ってしまうためだ。毎日勤勉に長時間働いていても私よりいいアイディアを出すことは決してなく、私よりも営業成績を決してあげない社員がゴロゴロいる。彼らのおかげで私が守られている。経営陣が彼らをクビにしないのは、実は自分も同じレベルであることを自覚しているためである。そんな会社なのに潰れずに保っているのは本当に奇跡的なことだ。
もちろんこんな会社でも出世するには勤勉で従順でゴマスリができなければならない。私は性格が悪いので社長の自尊心を満たすために微塵も協力したくない。高収入の道に挑まず、出世を捨ててでもわがままでいたい。服従をしたくない。これでよく生きていけると思う。
そんな自分でも死ぬ時は一廉の人間としての証を立てて死にたい願望はある。こんな偏屈でもなぜか面白がってつるんでくれる同僚や取引先もある。なんとか今やってる事業が跳ねて一発逆転することに一点賭けの人生をこれからもゆるゆると続けていく。
意地張って我を貫くのも楽じゃない。