妻から「お前はアダルトチルドレンだ」と罵られている。
妻の発言の応答に「うん」とか「はい」とかを多用しているからだそうだ。
妻の際限ない小言に対して反論する気力もなく、ただ早く波が収まってほしい一心で余計なことを言うまいとしているだけだったのだが、そのせいで私の実家ごと機能不全家族だとか愛情不足で育ったのだとレッテル貼りされてしまっている。
それも含めてどうでもいいので、「うん、そうかもしれないね」と答えている。妻は私が何といえば満足して解放してくれるのかがわからない。
そういえば妻との会話の中で、私が「アダルトチルドレン」という言葉の意味を間違って理解していることが判明した。
幼稚な大人、俗に言う「子ども部屋おじさん」のような意味だと思っていたが、むしろどっちかというと逆で、正確には「幼少期に大人としての振る舞いを矯正させられながら大人になってしまった人」、幼少期を幼少期らしく過ごしてこれなかった人、みたいな意味のようだ。
大人に向かって「チルドレン」と言い捨てる構図に引っ張られて「ガキが」という悪口に聞こえていたのだが、確かに言語の構造を虚心坦懐に見れば「アダルトなチルドレン」だから、むしろ「大人っぽい」に近い。
この単語は大人に対して使われる。子どもに対して子どもと言えばトートロジーだからだ。執拗に言葉を補えば「アダルトなチルドレン時代を過ごしたアダルト」とでも言ったほうが良いのだろうが、却ってよくわからなくなる。とにかく人が人に向かって使っていい言葉ではない気がする。
私は虐待らしい虐待は受けた記憶がないし、親もアル中ではなかったけれど、親からの愛情や関心が溢れんばかりに注がれたかというとそうでもないとも思う。ただ、忘れ去られた存在となることを不意に希求したり、空気を読んで道化に走ることがあるという自覚はある。親の子育てを肯定するためにちょいムズの大学に行ったり、結婚して子どもをもうけたりという行動をしているところもある。みんな多かれ少なかれ自己憐憫、自虐、滅私奉公という選択をすることはあるんじゃねーかと思っているけど、そうでもないのかな。
私のアダルトチルドレン的性質はどっちかと言うと妻との結婚後に花開いたように思う。妻にがみがみ言われて暴力も受けてすっかり自尊心が萎縮してしまったがためにチャイルド化してしまい、妻の機嫌を損ねないように自身にアダルト化を強いるようになったという感じ。そういう意味で言うと機能不全夫婦なんだろね。今日の抜け殻のように虚無感に浸りながら生きているよ。