ユヴァル・ノア・ハラリの最新刊をようやく読み終える。人類はAIをうまく使いこなし、幸福の共存を実現させることができるのか。はたまた、AIの暴走を制御できずAIに支配され、自滅する運命を辿るのか。「彼女」(性自認はそうらしい)は毎度、毎度刺激的なテーマを投げかけてくれる。
本書は、AIのアルゴリズムやボットの構造、そしてそれらがもたらす効果についてとても分かりやすく解説してくれている。そしてそれらが支配者層にどのような誘惑をもたらし、被支配者層にどのような影響をもたらしうるのかも。その誘惑と影響については、楽観的なシナリオと悲劇的なシナリオがあるが、人間の弱さや愚かさを加味すると、悲劇的なシナリオに着地する可能性が高そうである。悲劇的なシナリオを回避するには、知性と、自制心と、謙虚さと、他者への思いやりと、他者を信じる気持ちを異なる人種、異なる国家、異なる宗教間で共有する必要がある。そんな難しい着地点へ人類を導けるリーダーシップが現在の支配者層にあるだろうか。トランプ関税、ロシア対ウクライナ、イスラエル対イランの戦争を見ていると、そのような期待を持つのは難しいように思えてしまう。
卑近なところで言うと、この度の参院選を巡るXの混迷具合が凄まじい。どこまでが生身のアカウントで、どこからがbotなのかまるで分からない。botが投票することはないのだが、あれだけ参政党を煽られると、
「彼らの主張が正しいのではないか」
「彼らに否定的な意見を持つほうが少数派なのではないか」
という洗脳をされ、結果的に参政党に投票してしまう人が殺到するのも頷ける。
参政党支持者が多用する主張として
「これだけ批判されるということは、批判する側に都合の悪いことを私達が主張しているからなのだ」
「この主張に反対ということは、おまえ〇〇人だろ」
というものがある。このロジックを、全ての批判をあしらうことができる万能薬、のように使っているように見える。
よく考えれば、自分の主張に批判をされたのならば、自分の主張がなぜ正当なのか、相手の批判がなぜ不当なのかを論理的に反駁しなければ議論とは言えない。でもそれをしないのは、論理や根拠がないからか、論理や根拠を紡ぐ知的体力がないからである。それをせずに、「批判者が批判の意思を持つに至った背景」を捏造し、その部分を叩くことで批判意見を封じ込めようとするのは、そのほうがはるかに経済的、ということなのだろう。そんな小手先の子供騙しに翻弄されてはいけないのだが、残念ながらこの論点のすり替えは非常に効果を発揮していると言わざるを得ない。
かつてはそんなやり口では大衆を扇動することはできなかった。しかしここで登場したのが、上記のような論を張るbotと、そういうbotを上位表示するアルゴリズムの存在である。もちろん、そういう発言をする実際の人間は一定数存在するだろう。しかしbotは、生身の人間の物量とは桁違いに言説を流布できる。そして批判・否定されても心が傷つくことはない。
botは巷でインプレッションを稼いだ投稿を集約して、どういうアカウントのどういう投稿にどんな返答を返せばインプレッションを稼げるかを学習し、それを実行する。bot自体にはなんの思想も無いが、アルゴリズムをちょちょいと調整してXの海に放流すれば、ある特定の思想に親和性のある返信をランダムで投稿し、それと対極の思想のアカウントに妨害の投稿を残して回る。哀しいのは、botはただインプレッションを稼ぐということだけを目指しているに過ぎないので、結局は生身の人間のアカウントがどのような投稿に惹かれているかに影響される。つまり、もともと生身のアカウントが偏見に満ちた投稿に強く反応しているせいでbotがそれを学習してしまうのだ。botはその偏見の増幅装置に過ぎない。そうして極端で人の目を引く投稿が溢れ、中道寄りだった人間を用心しないと一方の極に吸い寄せられていく、という仕組みである。
AI蔓延るSNSの影響からどうしたら免れられるかと言えば、簡単な話アンインストールすれば良い。ただそれが難しいのであれば自分の思想をしっかり陶冶するしかないい。
陶冶する簡単な方法は、数字で事実を掴む癖を身につけることだ。在日外国人のせいで職が奪われるとか治安が悪くなるとか、夫婦別姓が良くなると外国人が喜ぶだけだとかいろんな言説が飛び交っている。もちろんそれぞれの論点について反駁することは可能だが、そもそよそういう主張が全て正しかったとして、その影響がどれほどあるのかということを考えてほしい。在日外国人の人数は令和六年六月末で358万人だ。1億2000万の人口がいる日本において、その占める割合は3%だ。彼らが嫌いな共産党だって政党支持率は3%だ。たかだかそれだけの人数で一体どうやって日本を転覆させることができようか。そもそも脅威ですら無いものを、ことさら敵視して騒ぎ立てているという事実に照らし合わせれば、参政党の主張がいかに荒唐無稽か分かるだろう。
安易な印象論に飛びつかず、他者の主張の根拠を問う習慣を身につけられれば、AI時代においてもAIのアルゴリズムに踊らされることなく、芯を持って所々の出来事に自分自身の意見を表明し続けることができるはずだ。厄介な時代ですが、ブレずに頑張っていきましょう。