以下の内容はhttps://un-deux-droit.hatenablog.com/entry/2025/07/05/211633より取得しました。


性犯罪報道が多すぎて

教師による性犯罪の報道が相次いでいる。

2人の娘を持つ私としては、看過しがたい犯罪だ。

妻が報道を見て、面白いことを言った。性犯罪に走る男と走らない男がいるのではなく、性犯罪に走る男と走るのを我慢しているだけの男がいるだけなのではないかと。つまりパートナーである私ですら根底では信用しておらず、社会的な体面や損得を考えて理性で欲望を制御しているにすぎないと疑っている。私がまだ性犯罪に手を染めていないのは、そういう欲求がそもそもないからではなく、たまたま欲情を駆り立てる対象に出会っていないにすぎない、というわけだ。

自分としては、そんなわけないと笑い飛ばせる話ではあるが、妻に対して私がそういう趣味趣向を持っていないということを証明する手立てがないのもまた事実である。そのことが少し可笑しく思えてしまった。

自分のことは棚に上げて、男性というものが一定程度の割合で信用の置けない生き物であることも体験として知っている。女性のいないところで男性の間だけで共有される秘密の暴露では、女性を性欲の捌け口としてしか認識していない人間にもあったことがあるし、男性の間でもそのような素振りを一切見せていなかった清廉そうな知人男性が、未成年に手を出して逮捕されたこともある。もちろん被害は男性に限らない。私も男性から言い寄られて掘られかけたことがある。歴史書や歴史小説を紐解いても、征服した土地の女性を蹂躙する描写はウンザリするほど繰り返し出現する。男という生き物の好ましからざる多様性については、妻の言い分も一理あると思えてしまうのだ。

性犯罪に手を染める男性は、男性という属性そのものの地位ごと貶めるので本当に迷惑でございます、というお話。私が数年後に性犯罪で捕まったらお笑い草だし、妻の観察眼の鋭さを自ら証明しに行くという間抜けっぷりなので、自分にその嗜好が隠れていないことを願うばかりだ。




以上の内容はhttps://un-deux-droit.hatenablog.com/entry/2025/07/05/211633より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14