新築3年目にして洗面台の排水溝が詰まった。
こういうときの生活の知恵のない私はすぐに業者に頼りたくなるのだが、妻がそれを許さず「まず自力でやれることをやれ」と言うので已む無く自力修繕に挑むことになった。
妻は倉庫から徐ろにこのブラシを取り出し、私に授けてきた。
いざというときのために、あらかじめ購入していたとのこと。先端に小型のたわしみたいなものが付いており、あとには自由に折れ曲がるが形状記憶で元の直線に戻る長いワイヤーが伸びている。排水口の上からたわし部分を押し込むと、パイプのカーブに沿って内視鏡のようにスルスルと奥へ入っていく。突き当たりまで行って引き抜くと、詰まりの原因となっていた髪の毛や汚れの塊がたわしの先端に引っかかって引っこ抜けるという寸法だ。
パイプの奥から召喚されたヘドロには閉口したが、何の知識も要らずにパイプの詰まりが解消できるなら御の字である。何度かワイヤーを抜き差ししてヘドロが引っかからなくなったので、一度水を流してみた。
すると今度は、全く流れなくなってしまった。
処置前はしばらく待っていれば、辛うじて水位が下がっていずれは水が抜けていたのだが、たわしを突っ込んだあとは全く流れなくなってしまった。どうやら汚れを掻き出せていたと思っていたのは大間違いで、掻き出した以上に奥に押し込んでしまったらしい。終わった。
呆然と立ち尽くしていても仕方がないので次の手を考える。「排水溝」「詰まり」「自力」で検索すると1つの動画に突き当たる。洗面台下のパイプから水を抜き、奥の詰まりを掻き出すやり方だ。
洗面棚を取り外すと、いかにも素人が手を出すと大災害になりそうなパイプのご開帳。

今からこれと格闘するのか。暗澹たる気持ちになった。
まずは完全に詰まってダムになっている洗面台の水を湯桶で掬い、バケツに移し替える作業を行う。パイプを改善したときに漏れ出る水を少しでも減らす必要を感じたためだ。
次に、パイプのカーブの一番低い位置にある栓をひねってみる。いくつかのサイトを見ると、この部分が開栓できてここから水を抜くことができると書いてあり、それで解消できるならまだ穏当に事が済むと思った。湯桶をパイプの下に備え水漏れの対策をしてから栓に力を込める。しかし栓のように見得る箇所はどれだけ力を入れてもびくともしない。
仕方がないのでこの解決策を諦めて気の進まなかった2番目の策に取り掛かる。ひらがなの「し」のような形になっている部分の両端のバルブを緩めて完全に取り外す方法だ。下の一箇所の栓だけなら万が一水が大量に漏れてもすぐに締められそうだが、パイプを抜くとなると水が大量に漏れたらすぐに直せない。どうか大惨事になりませんように、と祈りながらバルブ部分を恐る恐るひねる。
すると、思いのほか緩やかにパイプの中に残っていた水が漏れ出てきたものの、湯桶の半分くらいの水が溜まったくらいのところで水は止まり、パイプを完全に外すことができた。パイプの中は詰まっていない。すると可能性があるのはパイプのラストカーブ、老人の杖の持ち手のような、上向きのカーブ部分に詰まりがあると睨んだ。先ほどの内視鏡ブラシを差し込みグリグリと力を加えると、今まで入手したヘドロの合計の2倍くらいのブツが、ボトッと落ちてきた。これがラスボスだった。なるほど、これは確かに水一滴も通さないなと思える見事なヘドロだった。内視鏡ブラシでどれだけ奥に突っ込んでもこれ以上の釣果がなかったため、詰まりは完全に解消したと判断し、パイプを元のように取り付け直した。
戻し方が不十分で漏水することを懸念したものの、水を流してみるとパイプのつなぎ目からの水漏れは発生しなかった。詰まりも完全に解消されてスルスルと水が抜けていく。見事手術完了である。初めての経験でやたらと手間取ったり惨事を恐れて神経を使ったが、終わってみると素人でも対処可能な易しいトラブルであった。自力で直せた爽快感もある。パイプの仕組みというこれまで全く興味を示してこなかった領域についても見識を深めることができた。
机上の空論ではなく実生活で役に立つ経験を獲得するのは、悪い気はしない。意外と素人でも、特殊な工具がなくても、解決できる事があるということを体験できたのも嬉しいし、あのクネクネ曲がっているパイプにもそれなりに理由があるのだろうということに思いを馳せることもできた。
調べていないからわからないが、おそらく指輪などの貴金属は最後の上向きのカーブを乗り越えることができず、多くの貴重品は「し」のカーブを取り外すことで救済可能になるのだろうと思う。水流が強すぎたら上向きカーブを乗り越えてしまうかもしれないが、その水流を穏やかにするため横向きのパイプ部分で水流の速度を落としているのではないかと妄想を膨らませる。いろいろな事情を汲んで様々な計算のもとにあの複雑怪奇なパイプの構造となっているのだろう。
普段気にもとめていないようなことにじっくりと考えを巡らす、そんな贅沢なひとときだった。