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人生には勇気が必要だ

妻の機嫌がすこぶる悪い。

最近の標的は私でなくて長女だ。

長女の振る舞いの何かしらが妻の癇に障り、そこでキレたおすと長女は貝のように黙って固まってしまう。その振る舞いがさらに妻に火を注ぐことになり収拾がつかなくなる。そして長女はメソメソと泣くだけ。それにひたすら暴言を浴びせる妻。この状態が膠着したまま1,2時間続く。

常々書いてきたが、妻は怒りすぎる。妻が浴びた被害と怒りの表現が釣り合ってないので、言われたほうはそこまで言われる筋合いないけどと不服に感じてしまう。その態度が生意気だとさらに妻は激昂するのだが、生意気な態度を引き出しているのは妻が発端だということにいつまでも気づかない。怒鳴り散らしたところで、言われたほうは申し訳なさより罵声を浴びた不快が上回ってしまうので反省にもつながらない。怒るときは相手のしでかした行為より小さい程度の異議申し立てを繰り出すことで、相手の負債のほうが多くなるようにし、差分を埋めるために相手が反省という態度をとるように促すのが良い。それでラッキーと思って差分を埋める反省をしてこないやつとは疎遠になれば良いだけの話だ。

また妻の話の展開も大変よろしくない。これされたらどう思う?→じゃあなぜこれしたんか、のパターンを好む。あえて相手を矛盾した存在であることを知らしめることに心血を注ぐ。矛盾を突かれた相手は思わず黙る。その態度を見て無視するんか、と畳み掛ける。ここまでくると妻は解決よりもいたぶることを目的としているとしか思えない。あんさんに悪意はないやろうけど、自分はこう感じたから気いつけてや。大概のことはこれくらいの言い方で十分なはずだ。ちょっと意に沿わぬ言動があったくらいで、妻は目くじら立て過ぎなのだ。

そんな面倒くさい人を母に持った長女は大変不憫だと思うが、人生はそういう不愉快な人間との邂逅の連続だ。見当違いの言いがかりをつけられても、人格否定の罵声を浴びても、口を挟む隙のないマシンガン文句を食らっても、逃げずに冷静に受け答えをし、堂々と自分の主張をし、相手の認知がぶっ壊れていて誤解をしているならば毅然と相手の主張を退け、反省すべきところは素直に認め、誠実に謝るべきだ。面白くない説教を長々と聞かされて不服でも、黙っていては何も自体は好転しないのだ。賛同でも否定でも何かしらの意思表示をしなければならないのだ。

そうあるために必要なのは、実は勇気だけだったりする。どれだけ頭が良くても、どれだけ何かしらの才能に秀でていたとしても、いざという時に勇気を奮い立たせて行動せねば自分の能力は何にも世に生かされない。逆に、勇気だけしかないやつが、頭も才能もないのに成功を手にするということもまた、しばしばあるのだ。

長女には賢くなくても、何かのコンクールで成績を収めなくても、立派な職業につかなくてもいいから、勇気を出してくれ。そんなことを長女に伝えてみた。それでも長女は黙りこくっていたので、よほど妻の罵声が身に堪えたのだろうと思う。心に傷を負った人に勇気を出せというのは酷な話だと思うので、メンタルケアをしっかり繰り返しておきます。




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