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人生をこれ以下にしないために生きてゆく

B'zのultra soulに熱狂した大晦日。いまこの曲が2001年リリースであることを確認して、自分が高校生の時に親がチェッカーズにキャーキャーしてるようなものかと冷静に捉えて隔世の感を味わっている。

自分が高校生の時に、2025年のことなんて想像もしていなかった。ろくに計算もせず、もうその頃には自分は5,60代になってるんじゃないか、ぐらいには思っていたが、意外とすぐにやってきた。思ったよりも社会も自分も大して変わっていない。B'zがまだ歌っている2025年を2001年の時点で想像することは難しい。それでも2050年になっても紅白はあるし、NHKもなんだかんだ存続してるんだろうとは思った。まぁ、昨日の紅白に出てた歌い手のほとんどが2050年の紅白には全く呼ばれないだろうけど。

去年は自分にとっていろいろと新しいものに挑んだ年だった。新規事業ごっこをしたり、若手と絡んだり、プライベートでごにょごにょしたり。それでも自分はそんなに変わらなかった。

これまでは自分を変えるためにいろんな行動をしてきたが、どうもこの年になると、変わらないでい続けるために行動をし続けなくてはならなくなったようだ。もう成長することはほとんどなく、現状維持=衰退のフェーズに入ったということだろう。悲しいことに。何も処置しなければ髪はハゲ散らかし、口臭や体臭が目立ち、腹が出てきて、頭の働きが悪くなる。そうならないためにミノキシジルを飲み、ブレスケアを持ち歩き、頻繁に汗ふきシートで全身をケアし、ランニングをこまめにして、酒を飲まず、若者と交流を怠らず、自分の考えをまとめて発信することを課し続けている。

もう人生はこれ以上変わらない。宝くじも当たらない。急に新規事業が爆当たりして時代の寵児になることもない。それでも自分は自分の人生のスタート地点から思えば、自分の伸びしろで行けるところまでは随分頑張って飛んできたと思う。北海道の限界集落から大学まで行って福岡で家庭を築き、家を建てた。もう十分じゃないか。これ以上高望みをすると、イカロスの二の舞ということだ。

自分が努力して現状維持フェーズに突入したということは、もうtakeではなくgiveに切り替えなければならないという意味でもある。これ以上自分の取り分を増やしたところでそれを養分にしてできることがさらに増えることはないのだから、養分にして伸びる余地のある世代に気前よく譲ってやったほうが社会のためである。その意味においては自分はgiverであることを意識しなければならないし、いい歳して未だtakerの地位にしがみついている寄生虫どもを打ち払う仕事をしていかなければならないのだろうなと思う。嫌な仕事だ。そういう不毛な闘いを経て朽ちた自分の骨を、心ある若手の何人かが拾ってくれたらいいなとささやかな期待を持って今年も頑張ろう。

今週のお題「2024こんな年だった・2025こんな年にしたい」




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