私、うみさまはプログラマ(コーダ)として二十余年、現役選手として戦ってまいりました。
子供の頃から指をキーボードに吸い付け、端から見れば意味不明なアルファベット片をエディタに叩き込んでまいりました。
周りから、奇異の目で視られる日もありました。
幼少期、地域の子供会のおじちゃんからは、プログラミングという奇特なものを愛好する僕を形容して「ウイルス君」と呼ばれました。パソコン向けのウイルスが話題になってた時期でしてね。まぁラップトップでずっとアルファベット打ち付けてる子供をそう呼びたくなる気持ちは分かります。
今では良い渾名じゃねーなと思うものの、当時はむしろ誇らしかった。「おじさんには理解できない、得体のしれない魔法が使えるんだよッ」くらいの心持ちがあった。
大人になってからも、ずっとプログラムを書いて飯の種にしてきました。
時に最先端のアルゴリズムを搭載してしたり顔をし、時に古風なアルゴリズムを採用して「よく動くでしょう、根本は60年前に発明された技術なんですよ」と解説しながら、したり顔をしてきました。
今でも色んなところで、僕が打ち込んだアルファベットが動いています。僕が作り込んでしまったバグが「仕様」としてユーザに受け入れられている状況にも官能を覚えます。一旦、心拍数は上がるけど。
いつも僕を上機嫌にしてくれる。そんな僕の手技は、プログラミングでした。
今般の時勢を鑑みて、わたしはこの競技から引退します。
Github Copilotがやってきた日
2022年の初頭だったでしょうか、OpenAIのGPT-3を基盤にした、Github Copilotが登場したあのときは忘れていません。
衝撃的だった。ただ衝撃的だった。プログラムがプログラムを書いてくれるんだもん。
IntelliSenceが便利だと思っていたあの頃。静的型付け言語はソレが正確に出るから便利だと思っていたのに、何ら情報がない言語でもにゅるっと編集候補が出てくるのは、シンプルに面白かった。しっかりコメントを書いてやれば、君はそれなりに実践投入できるコードを見せてくれましたよね。
30行くらいの手順であれば、コメントで補足すれば君はそのままで動くコードを書いてくれた。
すごい時代が来たなと思っていたよ。すごくコーディングが早くなるな、楽になって助かるな、そう思っていた。
でもあの頃は、まだ僕が君に負けるとは思ってなかった。
こっちは何年キーボードに齧り付いてきたと思ってるんだ、そんなアマチュアみたいな書きっぷりじゃ俺は満足しないよ?と思っていたのさ。
Claude codeに仕事をさせて数週間
そして先日より、私はClaude codeに仕事をさせている。こいつはすごい。
CopilotのAgent機能も使っていて、彼は僕の一人の部下としてよく働いてくれた。
良い部下だった。アップデートによって日々能力を向上して、今では一番信頼できる部下だったといえる。大枠の設計では鋭い意見を持ち込んでくれ、細かい実装でもワザを効かせて「あー、巧いね。悔しい」って思わせてくれる。
実際、巧いんだ。その造りが思いついてるときはスラッと見れるんだけど、思いついてない巧い実装を書かれると、やはり悔しい。
そしてClaude codeのAgent team機能。僕はついに開発から追い出された。
もはや「ソフトウエアで何がやりたい」に対して、人間ができることは無くなった。人間が関与することで、開発が高速化する要素がなくなった。だって、彼らは実装が早くて、そして巧い。
僕が関与すれば開発が遅くなる。
だから僕は、できるだけ手を出さない。Claude code君に好きにやってもらって、どうにもならないときにだけそっと手を差し伸べる。
仕事として考えれば、そうすべきだ。
プログラマを引退します
年齢一桁からプログラムを書き続けて、もう25年を超えました。
Windows100%に付属していたHSP(Hot Soup Prosessor)の処理系でプログラミングを始めました。雑誌で手に入る断片的な情報でプログラミングを学びました。
にちゃんねるに住み着いているお兄様方に、電話線を通じて色々と教えてもらったことも良い思い出です。
小中学校で最も印象に残っている出来事は、図書館に「HSP 2.61 ゲームプログラミングクックブック」を入れてもらったあの日かもしれません。
初めて、自分が使う処理系に対する体系的な知識を手に入れました。当時としては「分厚くて、重い」と思っていたあの本には、僕の青春を輝かせてくれたほぼ全てが詰まっていました。
手探りで書いていた逐次処理、条件分岐、データ構造に、初めて体系的理解が追いついたあの感覚。
初めてBorlandのCコンパイラを使って「これ、何が楽しいんだ?」と思ったあの日。
PICで遊びたいのに、MPLABのCコンパイラが買えなくて、あの癖のあるアセンブラを死ぬ気で暗記したあの日。Visual Studioが欲しいのに買えなくて、血が出るまで指を噛んだあの日。8086に憧れて、学校のゴミ捨て場のTK-80をサンコイチして遊び倒したあの日。セキュリティ&プログラミングキャンプからの採択メールを目にした、吉野家バイトのあの休憩時間。
僕のエポックな記憶は、ほぼ全てプログラミングという行いに与えてもらいました。
神様、ありがとう。僕を25年間も、人間がコーディング出来る時代に産み落としてくれて。
僕はこれからも、コーディングという原体験を持った情報処理技術者として、生きていきます。