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鬼より怖い

子どもの頃、わりと節分を楽しんでいた気がする。
鬼に豆をぶつける。ただそれだけのことが面白かった。
ナマハゲみたいに本格的な鬼が出てくる風習もなく、親がインスタ映えを意識する時代でもなかったため、豆まきは鬼の正体がバレバレの状態でテキトーに始まる。父親だったり、保育園の先生だったり、イベントに呼ばれた町の議員さんだったりがお面を被っただけの状態でウオーッと滑稽じみた威嚇をする。こちらは全力で雄叫びを上げて豆だったり新聞紙を小さく丸めたものだったりを叩きつける。鬼が悶え苦しんでいるところに追い打ちをかけ、その場から追い出してめでたしめでたしだ。
大人を暴力でやっつけるという流れに興奮していたことは間違いない。我ながら嫌な子どもだ。豆を全て投げつけた後は飛びかかって背中や腰をバシバシ叩いたりしていた。鬼のお面を被った父はそういうときわざと哀れっぽい声を出してくれた。本当に結構痛かったのかもしれないけど。


山里に住んでいた私にとって、鬼より山姥の方がよっぽど恐ろしい存在だった。
戦前に建てられた我が家は家の中にトイレがなかった。尿意を催すたびに庭の隅にぽつんと建てられたトイレ小屋までわざわざ靴を履いて出ていかなければならなかった。
夜の庭は自分の家の一部だと思えなかった。恐ろしく暗い。庭の木々のこんもりとした感じに、「何か」が潜んでいるように見えて足がすくむ。
昼間なら気持ちいいくらいのそよ風も、夜だとひんやりした「何か」の手がヒタヒタと伸びてきているように感じられてゾッとした。
モチモチの木で豆太が5歳になっても一人で用を足しに行けなくて…と引け目を感じているシーンがあるが、そりゃそうやろと思う。街灯ひとつない山の夜の闇の中で、人間の子どもはあまりにもちっぽけな異物だ。異物ならではの生存本能なのか、五感の全てが闇から「何か」の気配を感じ取っている。
さっさと家の中に戻ろう。そう思った瞬間、嫌な妄想がパッと頭の中に広がる。
山姥がこちらに向かって走ってくる。山の上からものすごいスピードで獣道を駆け降りてくる。白髪を振り乱し、細い手足を素早く動かし、この庭目指してやってくる。山は山姥の味方だ。この巨大な闇の生き物は私が外に出たことを山姥に教えていたのだ。山はいつも人間を見ている。
慌てて庭を突っ切って家の中に駆け込む。誰もいない土間は仄暗い。靴を揃える余裕もなく、めちゃくちゃに脱ぎ捨てて部屋の中に駆け込む。
茶の間では先ほどと変わらず家族がテレビを観ている。いつも通りの風景だ。そこでようやく私は安心する。あんなに怖がっていたのが馬鹿みたいだ。マジカルバナナ、とテレビの中の曲に合わせて体を揺らす。もう山姥のことは忘れている。
それから何年か経った後、インターネットに書き込まれた怖い話の中に、幼い私の妄想に似た話を見つけて驚いた。
真夜中に屋上から双眼鏡で街を眺めていると、遠くにいるはずの誰かとばっちり目が合い、その直後そいつがニコニコしながらこっちに向かって走ってくる、というやつだ。舞台は街中で山が近いとは書いてないし、走ってくるモノも老婆というわけではなさそうだったが、「何かが遠くからこちらを見つけて走ってくる」というくだりに感じる恐怖は同じ種類のものだった。人間の意識って面白い。そんなことを思った。
しかし何故私の「走ってくる恐怖」のイメージは山姥だったのだろう。決して鬼ではなかった。山には鬼が住んでいる、みたいな昔話をたくさん聞いて育ったのに、山の恐ろしい存在といえば山姥ばかりが思い浮かぶ。
この世に恨みを持つ女の人と山という組み合わせにリアリティを感じていたのだろうか。
ユーミンの世界観では小さい頃は神様がいて毎日愛を届けてくれていたようだが、私の世界では小さい頃は走り屋がいて毎晩爆音を届けてくれていた。みんな山に走りに行くのだ。そういう時代だった。
若い女の子が彼氏と山にドライブへ行って喧嘩して置き去りにされたとか暴走族に拉致されてそのまま山で捨てられたとかいう噂話を子どもの頃よく耳にしていた。女の子が山で彷徨ううちに山姥へと姿を変える想像をする。全然ありそう。この世の全てが許せなくなって当然だ。
あるいは姥捨山のイメージだろうか。置き去りにされた老母たちが鬱憤を晴らす機会を窺っていたとして誰がそれを責められるだろう。
鬼の話だってたくさん聞いたり読んだりしたはずなのだが、より山姥にリアルを感じてしまうのは、共感の具合によるものなのかもしれない。私だっていつ自分が山姥になるかわかったものではないのだ。



5年ほど前、鬼滅の刃がハチャメチャに流行っていた頃、遊びに来た長女のお友達がよく鬼滅キャラの絵を描いていた。炭治郎や禰󠄀豆子などの人気キャラだけでなく、腕がたくさんある鬼やネズミの絵なんかも上手に描いていた。本当にこの漫画が好きなんだな、というのが伝わってきた。
どのキャラが一番好き?とかどのキャラが一番かっこいい?とか、子ども同士あるあるな話で彼女たちはいつも盛り上がっていた。
どの鬼が一番怖い?という話になったとき、そのお友達は「蜘蛛のお父さん」と答えた。お母さんに暴力を振るうなんてありえない、あのシーンだけ怖すぎて薄目になっちゃった、と信じられないものを語るときの表情で彼女は強く言い切った。
彼女は大人相手でも物怖じせずハキハキ喋る子で、いろんな話をたくさんしたけれど、その話が一番印象に残っている。
この世には頼むからフィクションであってくれと思うような残酷な出来事がたくさんある。こんな世界もうどうしようもないと投げやりな気持ちになるたび、優しい世界で育ってきたあの子のことを思い出し、そんな優しい世界を努力で作ってきたあの子のご両親のすごさを思い出し、頑張らないとなんだよなあ、と気持ちを持ち直すようにしている。




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