「モチモチの木」の音読が子ども部屋から聞こえてくる。
数十分前、今日は勉強会をするから、と宣言して次女とお友達は部屋に入っていった。本当に勉強をしていて偉い。勉強会という名の漫画をダラダラ読むだけの会にならないなんて、私の子どもとは思えない。
お菓子を持っていくと、二人は「じさま」ヤバい、と盛り上がっているところだった。じさま六十四歳なのに岩から岩へ飛び移るとかマジヤバい、もはやメロいやろ。分かる、かなりメロいて。てか青じしって何?響きウケる。シカらしいで知らんけど。てかお菓子食べよーママもう出てってよ。あっそれ好き、嬉しーありがとーいただきまーす。
すごい会話だ。ママには「メロい」が分からぬ。ママは昭和のオタクである。テンポに乗るタイミングが分からないまま薄ら笑いを浮かべて去るしかない。
令和のギャルにメロつかれていると知ったらじさまはどういう反応をするのだろう。渋い感じでお願いします。
新年度が始まり、娘たちが真新しい教科書を持って帰ってくると、まず国語の教科書を読ませてもらう。昔読んだ話が載っていて、懐かしくて嬉しくなる。
国語の教科書は昔から大好きだった。面白い話がたくさん載っている。授業中他の話を読みまくっていてもバレにくくてよかった。何度も読み返して時間を潰していたので、娘たちの教科書に載っている話も大抵覚えている。
私のように生まれつき本の中にしか居場所のない現実不適合人間と違い、夫は国語でやった話をほとんど覚えていない。「ごんぎつね」ですら習った気がするけど内容は覚えてない、と言ったのには驚いた。記憶を絞り切ってようやく出た言葉が「ごんさんときつねさんの話……やったっけ?」である。ハンターハンターに置き換えられているのだろうか。
そんな夫がかろうじて覚えていたのが「スイミー」と「大造じいさんとガン」だ。ガンの名前が残雪でかっこよかった、というのが印象に残ったらしい。残雪、確かに男子小学生を刺激しそうなかっこよさがある。本人、いや本鳥も名前に負けぬ渋い生き方をしているし。
国語の教科書で覚えてる話について周りの人に訊くと、さまざまな回答が得られて面白い。人によってばらつきはあるものの、「くじらぐも」「やまなし」「スーホの白い馬」「ちいちゃんのかげおくり」あたりは強い。
「うーんなんやったっけ、なんか八重歯が見える話」という一言から「『赤い実はじけた』やな!」と即答したら若干引かれてしまった。ごめん。
私自身は「おてがみ」がとても好きだ。がまくんとかえるくんの話、といえば思い出す方も多いのではないだろうか。
がまくんの自意識の強さ、かえるくんのズレているけれど誠実な優しさ、かたつむりくんの真面目さとちょっとかっこいい口調(すぐやるぜ)、何もかもがポンコツな子ども心を慰めてくれるものだった。ああいう世界観や関係性に今でも弱い。そういう風に生まれてきた。
国語の教科書が好きだった小学生は大体中学生になったら国語便覧も読み込んでいる気がする。国語便覧には本当にお世話になった。
ウン十年前の田舎の学生が面白い本を探す手段など限られており、国語便覧で紹介されている本のあらすじを読んで気になったものを図書室で片っ端から手に取っていく、というのが手っ取り早く「面白い」に出会う手段だった。私にとって国語便覧はマッチングアプリのような存在だったのかもしれない。マッチングアプリを使ったことがないので完全に印象だけで言っとるけど。
ちょっと分かりにくい昔の名詞なんかが出てきても便覧で調べればすぐどんなものか知ることが出来たし、時代小説を読んだ後に何気なく便覧をパラパラめくっていて、あっこれこの前読んだやつに出てきた服!小道具!などと意図しない答え合わせが出来たとき、なんだかお得な嬉しさがあった。
便覧で知って読んだ作品が面白かったら、そのまま作者で追っていった。便覧に載っているような作家はわりと全集が図書館にあるので助かった。
全集はすごい。どんなに好きな作者でもこれはあんまりおもんないなとかこれの良さが私にはまだ分からんなみたいな作品があるということが分かる。なんというか、勇気づけられる。
ネットのない時代、「面白い本」との出会いは教科書、便覧ときて更にもうひとつあった。同人誌のあとがきである。
最近の同人誌のあとがきはサラッとしていてかっこいいのだが、もっとどうでもいいことも語ってほしさもある。こちとら90年代を駆け抜けしオタクなのだ。ビッシリ手書きで記された前書き後書きフリートーク対談ページで産湯を使っている。死ぬほど細かい字で裏表に書き込まれまくったペーパーが懐かしい。みんな配布者様募集しとったやろ。
昔の同人誌のあとがきは近況報告も兼ねていたからだろう、萌え語りはもちろん、影響を受けた本やら映画やら音楽やらの話がたくさん語られていて、それを読むのがめちゃくちゃ楽しかった。こんな素敵な話を書く人が好きな本ってどんな話なんやろ、それ読んだらなんか私もセンスよくなる気ィするわ、とワクワクしながら本屋で探し出して読んだものだ。残念ながらセンスはさっぱりよくならなかったが、面白い本と出会えたことには違いない。
繰り返すがネットがない時代である。あの頃の地方の若いオタクはとにかく面白いものとの「出会い」に飢えていた。趣味の合う同志に出会う機会も滅多になかった。都会だとまた違ったのかもしれない。
あの頃パンパンにはち切れそうだった好奇心を支えてくれた教科書や便覧や同人誌のあとがきには感謝してもし切れないなとよく思う。
ところで我々世代の女オタク、同人誌の冒頭に名作の一文引用しがちだったよね。あれ私好きだった。