※ この記事は漢直アドベントカレンダー 2025 5日目の記事になります。
はじめに
前回は「T-Code開発前夜の日本語入力方法の状況」ということで, 「連想式漢字直接入力」という入力速度の面で非常に有力な方法が考案されていたが,ただし企業秘密, という状況であったということを紹介しました。
今回は,その「連想式漢字直接入力」そのものと,それに関連するものの歴史を紹介できればと思います。
ラインプットに関連しては「ソクタイプ」と「ローマ字入力」について, カンテック・KISに関連してはJISキーボードについて紹介してみようかと思います。
また,それぞれあまり情報はないのですが,「連想式漢字直接入力」の各種それぞれの入力方法の現在の利用状況を ネットでの検索結果を元に紹介できればと思います。
ソクタイプの発明とローマ字
前回でも連想式漢字直接入力方式である「ラインプット」と機械習速記機である「ソクタッチ」を紹介し,これらの方式を発明したのは川上 晃氏であることを紹介しました。
「ソクタッチ」開発の流れは兼子 次生氏のウェブサイト1に詳しいのですが,私個人としては次の点について興味深く感じました。
- 戦前に「ローマ字運動」というものがあった
- 欧米の速記機(ステノグラフ)が国内で紹介された
- 欧米の速記機を日本のローマ字に適用するように改良していった
- インクツキ法の説明が面白い
- 1943年に川上 晃氏が速記機の特許を出願し,翌1944年特許が成立した2
私が思うに速記機の特許が成立したのがちょうと第二次世界大戦中というのが, この後の流れにつながります。
第二次世界大戦後,極東裁判が行われることになりました。 しかし欧米では一般的に裁判記録で利用されていた「ステノグラフ」はまだ日本にはありません。 「ステノグラフ」は先ほど紹介した「ソクタッチ」と同様の形状で複数キーを同時に入力することで, 様々な出力が可能となる速記用の専用キーボードです。
そこで,極東裁判に向けて次のような流れがありました。
この依頼があるまでは「ソクタッチ」の実際の製品もなく「絵に描いたモチ」の状態だったらしいのですが, この流れを受けて,川上氏が「ソクタッチ」の製造,機械式速記者養成を手がけることになります。
なお,敗戦後すぐには「日本語でローマ字が標準になるかも」と思いDevorakの配列を研究し,ローマ字入力用キーボードの 検討をやってたらしい,のような記載が文献1 にありました。
実際には日本語がローマ字になることも,カナ文字のみになることもありませんでしたが, この時の経験がラインプットの開発に役に立っているとの記載が文献1 に見られます。 文献1の「第三章九」にその記述部分です。
ラインプットの発明
「ラインプット」については,文献1の「第三章九」にその記述がある通り,ソクタイプで入力された記録をかな漢字混じり文に 反訳するためのデバイスしとて開発されたようです。
コンピュータがまだ一般的でない時に考案され,
- 1970年 出願(出願番号 S45-20265)
- 1975年 公告(S50-35453)
- 1976年 特許(特0830046)
と特許が成立します。
また,文献2,文献3 のようにその方式の一部が公開されています。
発表当時は,コンピュータに入力するのではなく,直接プリンタにコードを送って印刷する等の 使い方もされていたようですが,他の企業から依頼される「かな漢字交じり文を電子データにする業務」に利用されていたようです。
川上氏の「ラインプット社」は文献1が執筆された2012年にいたるまで 「その後,同社は大手企業からの大量の漢字入力業務を受注して今日に至っている」とあります。
カンテック方式・KIS方式
カンテック方式については,
- JISカナ配列を利用している
- 漢字を2文字のカナで表現している
以上の情報はカンテック方式4のサイトを見ても公開されていません。 しかし,カンテック社の歴史5を見ると,
- 1972年 カンテック式漢字入力法を考案
- 1978年 日商エレクトロニクス株式会社の提携
とあります。
また,KIS方式については,資料6に記載されているように
- JISカナ配列を利用している
- 漢字を2文字のカナで表現している
はカンテック方式と同じで,他の連想式漢字直接入力方式より学習効率が高いことをうたっているようです。また,ENTREXというシステムは丸紅商事のシステムに搭載されています。
実は,現在データ入力の求人の「連想式入力」の方式の上位はこのカンテック方式,KIS方式の二種類が 主な方法となっています。
しかし,1970年代には,それぞれの企業が独自に開発をしており,前回名前がでてきた大計方式もその中に含まれます。
1970年代から現在まで,データ入力業務を受注している企業内では連想式漢字直接入力方式は現役で利用されている方法であり, むしろ無連想式の漢直よりも一般的といえるかもしれません。
ただし,その入力システムは各企業が独自の未公開のものを利用しています。
実は山田氏がT-Codeを開発しようと思ったきっかけもそのあたりにあったといえるでしょう。
JISカナ配列について
さて,話は変わって…企業内で利用されていた連想式漢字直接入力方法についてはライプットを除く,多くが JISカナ配列を利用しています。
これについて,簡単に参考資料を紹介しておきます。
自分がスラドにいた時によくお見かけした安岡先生の資料7になります。
詳細は資料7を見ていただければと思います。図のタイトルと年だけでも雰囲気が分かるでしょうか?
- 電信用カナタイプライタ(1917年6月)
- 和文印刷電信機(1927年6月)
- カナモジカイのカナタイプライタ
- 山下芳太郎のキー配列案
- Stickneyのカナタイプライタ
- カナモジカイの標準キー配列(1941年)
実は,この3.3のカナモジカイの標準キー配列によく似たものがJIS配列につながっていきます。 面白いところでいうと,前回紹介した文献8 の中に,山下芳太郎のキー配列案は指の動きを考慮している案なのに Stickneyがぶち壊してしまった(ここには私の誇張が含まれます) 的な事が書かれていて,複数の資料を合わせて読むとなかなか面白いです。 このあたり文献7の図3を見比べていただければと思います。
最終的に JIS C 6233文献7 図14のような形で1972年に規格化されました。これは, 英数・記号の配列をISO 2530に合わせた形となっているそうです。
そして,この配列がライプット以外の連想式漢字直接入力の標準配列となり, 現在でもJIS配列キーボードというと,この並びになっているのではないでしょうか。
現在の連想式漢字直接入力について
現在も連想式漢字直接入力については様々な企業で利用されていると思います。 ウェブサイト, カンテック方式やカンテックの歩みの情報を見る限りカンテック方式は今でも利用されてそうです。
KIS方式については丸紅情報システムズのENTREXに採用されています。 また,データエントリー(データ入力)での求人を見ると,KIS方式とカンテック方式が利用されているものが多そうです。
また,ネットの検索で自分が調べた限りでは,「ラインプット」はラインプット社ではなく連想入力(リスモン・マッスル・データグループ) のリンク先の会社で活用されているようです。 またネット検索で調べた別のサイトではラインプット株式会社閉鎖というサイトがヒットし, 既に川上氏の手から離れていることが容易に想像できる結果となっています。
このあたり,文献8 内で山田氏が
さいわいなことに漢字のタッチ打法はまだ標準がない。 であるから、将来どこかの大企業の製品がその数によってそのまま事実上の標準となる前に、 コードとキー配列の本当の意味での人間工学的最適化をしておくべきであるというのがわれわれの主張である。
と主張していますが,現在の状況はまさに「どこかの大企業の製品がその数によってそのまま事実上の標準となる」状況であり,高速性では一番優れていた「ラインプット」が特定の企業でしか使われていない,という状況であり, 「山田氏が予言した通りになっているのでは?」と興味深いなぁと私は思いました。
まとめ
連想式漢字直接入力方式についてはデータ入力を業務とする企業にて,おそらく今も現役で利用されていると考えられます。 しかし,その方法の詳細は企業秘密として今も公開されていません。
そしてほとんどの人はかな漢字変換を利用しており,連想式を利用する企業とはデータ入力作業のスピードが 全然違うという状況が現在もまだ続いていると考えられます。
山田氏が無連想式漢字直接入力方法であるT-Codeを開発し,その特徴を多面的に分析したのは, 漢字直接入力方式が企業秘密として(優れた入力方式であるにもかかわらず)世に出なくなった時に,漢直の利点を分析した結果を後生に残しておこうとしたのでは?とうがったujimushi的見方をしてしまう今日この頃です。
なお,ラインプットに関しては,川上氏のYouTube9にライプットによる入力風景とか, ソクタッチ,ラインプットに関するスライドショー資料が見られるようです。
明治の作家の全集の電子化作業っぽいです。連想式漢直によるお仕事風景に興味がある方は ぜひ確認してみて下さい。
次回は「T-CodeとTUT-Code」の開発と,同時期(1980年代)に起きたワープロ販売競争の状況について 調べた内容を説明したいと思います。
それではまた次回。
- 兼子 次生: 文字書き機械の歴史, 2012↩
- 川上 晃, 川上 義: タッチ打法による漢字入力, 情報処理 15-11, 1974↩
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- Kawakami, and T. Kawakami: HUMAN FACTORS In "RAINPUTTO" KEYBOARD FOR KANJI INPUT, First USA-JAPAN Computer Conference, 1972 (未入手)
- カンテック方式↩
- カンテックの歩み↩
- 富永 勲: 新製品・新技術紹介 カナ漢字連想入力方式 ENTREX漢字入力システム, 情報管理 21-9, p.717-719, 1978↩
- 安岡 孝一: キー配列の規格制定史日本編 : JISキー配列の制定に至るまで, システム/制御/情報, 47-12, p. 559-564, 2003↩
- 山田尚勇: 日本語テキスト入力法の人間工学的比較, 日本語情報処理シンポジウム報告集 p. 1-33, 情報処理学会プログラミングシンポジウム委員会,1978 ↩
- YouTube hirosi kawakami ↩