※ この記事は漢直アドベントカレンダー 2025 4日目の記事になります。
はじめに
今回は,「日本語テキスト入力法の人間工学的比較1」という,T-Code開発の中心になった山田氏の 1978年夏に実施された「日本語情報処理シンポジウム」の報告集の中の資料を元に説明していきたいと思います。
1978年というと今から47年前。およそ50年前になります。 ワープロの販売競争が始まったのが1980年代なので,ちょうどワープロが世に出始める直前のタイミングとなります。
コンピュータが一般的に使われ始めるのも1980年代が主なので, まだ電子化が進んでいない状況といえるでしょう。
その時代の日本語入力はどんな種類があったのでしょうか?
時代背景など
T-Codeの論文が出され始めたのは1980年頃からで,今回紹介するタイミングではまだ検討段階の状態です。
山田氏は「日本語情報処理シンポジウム」の中での「日本語テキスト入力法の人間工学的比較」の内容について, 自分の独断と偏見でまとめると次の通りです。
- アメリカでは200万人から400万人の職業タイピストがいるといわれ,仕事の情報化に役立っている
- 現在(1978年時点)の日本語入力方式の説明
- 各入力方法の分類
- 欧米利用されている欧文タイプと同様の効果を得られるものとしてタッチタイプ法(現在でいうところの連想式漢字直接入力)が有力
- タッチタイプ法は各企業がばらばらに開発してそれぞれ方法を秘匿している
- 現在タッチタイプ法の標準はない。最善のものを標準とすべき
- 中国語の入力方法の現状について説明
この中で,各入力方法の分類というところまで紹介したいと思います。 連想式漢字直接入力については,この記事の中では簡単に,また歴史的には次回予定の 「連想式漢直とそれに関連する歴史(仮)」で紹介できればと思います。
なお,この資料の内容が山田氏のT-code開発をしようと思ったきっかけということになりそうです。
1978年当時に利用されていた日本語入力法
ここでは,実際の名称とかではなく,機能別に分類した 「日本語テキスト入力法の人間工学的比較1」内の図を元に紹介していきたいと思います。 次の図は文献1内の図で,実際は手書きの図なので,plantumlで同じ図を作成したものです。

図の項目のうち次の5種類については別項で簡単に説明したいと思います。
- 和文タイプライタ(直接型打鍵/1対1)
- 漢字テレプリンタ(直接型打鍵/マルチシフト)
- ソクタイプ(直接型打鍵/chord)
- ラインプット(直接型打鍵/マルチストローク/等長コード/シフトなし)
- カンテック(直接型打鍵/マルチストローク/等長コード/シフトあり)
- 谷村(直接型打鍵/マルチストローク/等長コード/シフトなし)
現在よく利用されているのは,「人間介入方式/対話型打鍵/マルチストローク/カナ漢字変換」の方式になります。 発音分類とか字形分類とかは,発音や部首等を入力して,漢字をメニューから選んで入力する方法です。
山田氏としては,4.のラインプットや5.カンテックのような入力方式を推していて その理由も「日本語テキスト入力法の人間工学的比較」に書かれています。
なお,このシンポジウム当時,手書き認識,音声認識,印刷文字認識は現在になってようやく実用化されてきている方法であり, この1978年当時はあまり実用になっていなかったのは言うまでもないところです。
1. 和文タイプライター
和文タイプライタは図でいうところの「人手介入方式/直接型打鍵/1対1/邦文タイプ式」になります。
「ドラム式」はネットの検索でいうところの「マツダタイプライター」に相当します。 ネットで調べたところ,
神戸大学経済経営研究所 機械計算室の展示室 のサイトの「タイプライター」の項目の一番右の写真のものになります。「マツダ和文タイプライター」と書かれていますね。 ドラムを廻して左右も合わせて字を選択してカチっとやって次…といった感じで入力するようです。
便利そうですが,一度全部の文字が見れないので,平面式の方が好まれたようです。
平面式の和文タイプライターについては,そのものずばりWikipediaの和文タイプライターの項目があります。
一覧表からハンドルで文字を選んで押すとその文字が印字される仕組みのようです。 というか実際に入力している動画を見ていただいた方が理解が早いですかね。
このサイトに埋め込んでおきます。
大体雰囲気は分かっていただけたかと思います。この時代までの和文タイプライターといえばこのタイプ (というかこの後和文タイプライター→ワープロ→PCによる文書作成になるので,別のタイプは存在しないです) なので,英文タイプライターのように高速に入力することができず, 「かな漢字交じり文を英文タイプライターのように入力できる機器」というのには憧れがあったようです。
2. 漢字テレプリンター
「漢字テレプリンター」,「漢字テレタイプ」等,色々な呼称があったようですが,「漢テレ」という略称が使われていたようです。 関西在住なので別のものが頭に浮かびますね。「か~んてれ ○○ ちゃん」
多くは新聞社で使われていたもので,遠隔地から原稿を送信するのに利用されていたようです。 これより前はカナで送信(カナテレプリンター)されていたものを漢字も送れるようにしたもののようです。
漢字テレプリンタのリンク先に どんなものか画像があります。無断転載禁止とかかれているのでリンクのみです。
リンク先で紹介されているものでは 左手で3⨉4キー,右手で24⨉8キーと左右の手の組み合わせで 2,304文字を打ち分けるという,漢直っぽい動作になっていました。というかワープロでかな漢字変換が 一般的になる前はほとんどが漢直だといえるでしょう。
3. ソクタイプ
「ソクタイプ」という名称は 川上 晃氏が発明した「日本語用のステノグラフ」ことです。(文献2) これは,複数キーの同時入力によって,ローマ字の複数文字が組み合わせて入力されることで, 一度の同時入力で一フレーズの入力が可能となる機械式の速記機になります。
ソクタイプ式速記符号のサイトではこの「ソクタイプ3型の入力装置」での 入力動画があります。
画面の左端が機械式で記録したもので,実際には右の専用キーボードの入力を信号に変換するものが間に入っていて,この信号入力を 反訳機(今ではパソコンのソフトかな?詳細は他の資料を当たってください)の「はやとくん」による反訳をして入力している感じかと思います。
1978年当時は,左端のローマ字出力だけでその右側で出力されている反訳装置は存在しませんでした。 ということは,文献1の中には記載があるものの,かな漢字交じり文を入力する方法として,この時は実現していないことになります。
4. ラインプット
これは,ソクタイプを発明した川上晃氏が開発した入力方法です。 文献1内ではラインプットの特徴は次のように書かれています。
- 高校卒女性を26名を練習曲線が1972年の論文4にあり
- かなを含む約2000字(実際には48⨉48=2304文字)例外なく2打鍵でコード化
- キー配列は独自
- 他のタッチタイプ(連想式漢字直接入力)の中では一番高速に入力可能
- 川上氏いわく1975年に26~7歳から訓練をはじめて3年目で1日350~400分の作業(入力文書は法例文集のコピー)の1分あたりの打字数が平均230字
- 特許等に一部記載があるものの詳細仕様の公開はなし
つまり,T-Code以前に参考となった漢字直接入力があったことになります。ただ,この入力方法の詳細の仕様は ラインプット社(川上氏が会社を立ち上げた)の企業秘密であり,全容が公開されることはありませんでした。
ただ,この方式を練習した成果についてはたびたび報告されています。 例えばシンポジウムの資料を集めた文献5にはラインプットがどれだけ優秀かをアピールされています。
ラインプットで入力している風景を川上義氏のYouTubeアカウントから見つけたので次に紹介します。
5. カンテック方式・大計式
カンテック方式は,現在でも存在するカンテック社が「ラインプット」に影響を受けて考案した入力方式です。 資料[^1]によると,
- コード表も練習曲線も未公開
- 入力方法はカナキーボード(JISカナ配列)そのまま
- 漢字のコードは連想式2文字
- 社内のオペレータ数は60~70人ほど
- 平均3万字/5時間/日(100字/分)くらい,宛名票等の速度が出ないものが多い。連続文なら20%ぐらい向上が見込める
という内容が記されています。
また,大計式は大阪計算機センターが利用している方式で,資料1には次のような情報が記裁されています。
- 関西4支社で合計200名
- カナキーボード使用。2打鍵コード(カンテック方式と同じ)
- 上記の理由として別にカナ入力の業務があり,混ぜて作業できるメリット
- シフト切替えを多用するためか平均62字/分,最高80字/分
- シフト切替えが多いのを減らすべく改良中
なお,この後「大計式」の漢直に関する情報は見つけられませんでした。 このシンポジウムの開催前後に「KIS式」と呼ばれる連想式の漢直が発表され,その後カンテック方式と並び データエントリーの求人にも単語の記載が見られています。
6. 谷村
図中には「谷村」と書かれていて何のこっちゃと思うのですが, 谷村株式会社新興製作所による漢字直接入力のことで,漢字テレプリンターを2打鍵の組み合わせで 入力できるように改良したものです。文献5内で,「英文タイプライタ型漢字キーボードについて」 という題目で発表がされていますが,この時の打鍵表が現在のT-Codeの元になっています。
また,漢字の部分については頻度順の無連想式になっており,T-Codeに大きな影響を与えました。 「木を見て森を見る」式のストローク表は,この「谷村式6」が元になっています。
この項でのujimushiの私見
以上の内容から文献1内では1978年当時,英文タイプライタの優秀さを米国で体験している山田氏は 「ラインプット」を英文タイプライタ並の日本語入力方法として非常に評価していることが分かりました。
しかし,入力方法の詳細の内容は秘匿され,また他の方式もまったく仕様が公開されないままでした。
ということは,資本主義的な考えでいうと,1978年の時点では入力スピードが最も遅く,最も利用していユーザーの多い大計式が 標準になってしまう,ということも企業の論理で考えられた訳です。
現時点でラインプットは大計式の3倍の入力スピードなので,入力速度が1/3の方式に統一される可能性もなくはないのです。
その辺りが山田氏をT-Codeの開発に進ませたのではないかと思いますし,実際に文献1の中にも そううかがわせる記述がいくつかあります。
ですので,T-Codeは零から開発されたものではなく,連想式漢字直接入力の手法について各企業が秘匿したため,その公開されている情報の山田氏的にそれぞれの良いとこ取りを目指して作られたということになるのではないかと思います。
なお今回参照した「日本語情報処理シンポジウム報告集1」は今となっては内容を確認する方法は限られているの(今回は国立国会図書館への登録&デジタルコレクションによる閲覧)ですが, 興味がありましたら皆さんも確認してみては,と思いました。
また,これによく似たテーマである文献5はネットでも閲覧可能です。こちらも併せてご覧下さい。
まとめ
以上をまとめると次のような感じです。
- T-Codeが開発される1978年の日本語入力方式について簡単に紹介した
- 1978年当時は漢字を直接入力する方法が主流
- 特に入力スピードの点から連想式の漢字直接入力が有力と山田氏は見ていた
連想式の漢字直接入力についてはなじみのない方も多いかと思いますが, 調べていくうちに,我々が知らないだけでデータエントリーの業界では今でもよく利用されている 入力方法だということが分かりました。
我々のあまり知らないところで「漢直」は今でも利用されているという認識を持った方がいいのかなと思っています。
さて,次回はその連想式漢字直接入力に関する歴史を紹介できればと思います。 それではまた。
- 山田尚勇: 日本語テキスト入力法の人間工学的比較, 日本語情報処理シンポジウム報告集 p1-33, 情報処理学会プログラミングシンポジウム委員会, 1978↩
- 兼子 次生: 文字書き機械の歴史, 2012 ↩
- なお「ソクタイプ」の川上工業での生産は1970年頃までで,以降は日本タイプライターが製造し名称も速記タイプに変更 との記述が文献3内に記載があります ↩
- 川上 晃, 川上 義: タッチ打法による漢字入力, 情報処理 15-11, 1974↩
- 布施 茂, 川上 晃, 小川 注連男, 竜岡 博, 澤井 廣量, 山田 尚勇: パネル討論会 漢字入力法の人間工学的検討 : 昭和53年度第19回全国大会報告, 情報処理, 20-3, 1978↩
- 小川注連男: 配列対応方式による日本文入力法, 情報処理学会研究報告ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)巻 1981, 号 57(1981-HI-004), p. 1-10, 1982 ↩