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地下室の手記 ドストエフスキー著/江川卓(訳)

20年公務員として働いてきて、気づけば中年。
これまで職場で周囲の人に意地悪をしてきた嫌なヤツであることは、正直に自認してる。
苦し紛れにこれは肝臓が悪いことを理由にしようとしてみたけれど、やはり人格的に自分が病んだ人間であると認めざるをえない。
それがある日突然「俺、40歳でFIREできちゃったもんね!」と周囲にイキリ倒せる人生の転機を得てしまう。


そんなこんなで現在は、暇で暇で、すごく暇。
他人に好かれない態度で生きてきたから出かける場所も用事もない。
反省したら死にそうなほど思い出したくないことはたくさんあるのに、自慢できるような成果は何もない。


そんな主人公が住んでいる部屋は地下物件で、そこでせっせと毎日何をしているかといえば、ヤフーニュースのコメント欄に、手当たり次第コメントを投稿し続けている。

 

 

── みたいな感じ。
今の時代に置き換えたらこんな様子の40歳の日常を聞かされる第1章を読み終えた時点で、一度挫折しました。
途中で3週間ほど本を放置しました。

 

 

   ・・・困ったな。わたしには日常がある。

 

 

この不毛な感覚について、ある日ふと思い立って Chat AIに尋ねてみました。

ドストエフスキー地下室の手記という小説を第1章まで読みました。すでに気が重いです。この先の物語には触れないようにしながら、この気持ち悪い感じを聞いてください」

 

 

そこで、いろんな悪口を聞いてもらいました。

Chat AIは最後に「第2章からは展開が変わります。物語が動きます。大丈夫。先まで読み進めてください」と励ましてくれました。

それでまた読み始めました。

 

 

危うく電車を乗り過ごすほどの吸引力

本当に展開が変わりました。
最後の数ページは地下鉄の車内で読んでおり、降車直前。
うぐぐ! と中断し、それでもエスカレーターの上で、信号待ちで・・・とグイグイ読み進め、ヨガの練習直前まで読むのをやめられないほどでした。
インストラクターの人に「なに読んでるんですか?」と尋ねられて、表紙を見せたら「おお! それ、おもしろいらしいですね!」と言われました。

 

 

 (え! 知ってるの? うれしい)

 

 

そこから「なになにー?」と他の人も表紙を見にきて、すごいねドストエフスキー

こーーーんなに性格悪いのに大人気。

いや違う。ドストエフスキーはいい人、というかプロ。文豪。苦労人。

性格が悪いのは、この地下室の男(主人公)ってだけ。

そう。わたしは完全に物語に没入していたのでした。

地下室に引きずり込まれてた!!!

 

 

 

  人生には、リアルな中断が必要。

  思い込みのない他者とのコミュニケーションが必要。

  みんなと話せてうれしい!!!(感涙)

  救出してくれてありがとーーー!!!

 

 

 

思い込みの理由を延々聞かされる

この本を読むことは、40歳からの人生を地上で生きていくための精神修行になります。

これまでの人生で舐めてきた辛酸、不処遇、恥ずかしい経験、気まずさ、居場所のなさ、そういったものすべてに対して「だけど俺、FIREできたし」と言わずにいられない何かが懇々と書きつけてあって、とっても正直。

 

DV男がDV男である理由まで書いてあり、これがまあ見事に読ませる。

周囲の中年たちがこぞってドストエフスキーにハマっていく理由がよくわかる。

 

 

  俺の人生がうまくいっていないのは、わかってる!

 

 

この「わかってる!」が溢れすぎて、うまくいかない理由・反省・改善の流れに至らない。地下室には風が吹かないから、風穴が開かない。

 

 

小説も映画も、45歳を過ぎてからの接続が沁みる

話は急に変わりますが、先日、東京でヨギーな中年仲間と夜の名画座で合流しました。

ジキル博士とハイド氏』(1941年)を観ました。

 

その時に雑談で「映画を観てこういう話だったのか・・・、ってわかるのって45過ぎからじゃない?」「そうなんだよねぇ」「忙しい頃は全く映画を観てない時期も長かったけど、今だからわかることが増えておもしろい」と話しました。

 

こういう何気ない会話の瞬間に、「あなたもわたしと同じくらい年月を生きしてほしい」と、無条件で思う何かが立ち昇る。

若い頃の競争からはもう足抜きしていいんだったわね、と思えるこういう瞬間に、他人との境界が溶ける瞬間があります。

 

 

だけどこの主人公は絶対に境界を溶かさない

ふてくされるという人生への態度は、社会の中で「恥」の感情を学んだ瞬間から付いて回るもの。

その恥の記憶の収集が板につき過ぎて、脳内で反論と解説を繰り返すことで意識がどんどん饒舌になって、若いうちからパパ活まがいのことをして同世代のコンカフェ嬢に説教を垂れるまでのクズ男ができあがる。

 

 

  書を捨てて、画面から離れて外へ出ましょう。

 

 

じゃないと、こうなる。

と教えてくれるような本でした。

 

大人になってから受けた男性社会内でのいじりやマウンティングから立ち直ることの難しさも、とてもリアルに描かれていました。これが精神的歯痛になってると主人公は言うのだけど、慰め役として女性を利用することで、さらに膿んでいきます。

めちゃくちゃラッキーな境遇にあっても、舌先で歯茎を刺激することをやめられない止らないメンタルの闇。

 

 

  *   *   *

 

 

この小説は文章の引用をしだすときりがなく、ものすごい筆の勢いです。

訳者名を見て巨人軍のピッチャーを想起してしまう世代の超内角を豪速球で攻めてきます。

 




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