先日、わたしの高野山旅行記を参考に「ひとりで行ってきました」という方からのお話を伺いました。
極楽橋から徒歩で登って、わたしが泊まった宿坊でゆっくりされたそうです。
九度山から徒歩だと時間がかかりすぎて、それ中心の計画になってしまうから。
わたしの旅を下絵になぞるつもりが、途中で線が太くなったり細くなったり、線からはみ出したり。そんなお話を聞けると、お互いに別の肉体(という名の魂の乗り物)を活用してブラッシュアップしている感じがするものです。
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ここ数年はもう言われなくなりましたが「そういうリトリートがあったら行きたいです♡」というリクエストを挨拶のように軽く耳から受けることが、過去に何度かありました。
旅は「実行を前提とした計画」が、何よりもの心理的工数。だからチームでの計画になります。わたしは旅の専門家ではないのでチームを持っていません。なので引率・企画のリクエストには応えられないのだけど、このブログを参考にしながら経験しに行ってもらえるとうれしいです。
全く同じコースを辿っても、別の肉体・別の感覚器官を通せばあなたの体験です。
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パッケージツアーは、効率や安全性、人数が集まることで可能になるボリューム・ディスカウントや受け入れなどメリットが多くあるものですが、実際のところ「その人が今いる環境から自身を引き剥がすための薬品」として最も価値があると思っています。
家族や職場の人に「せっかくだから」「今しかないと思って」と、自分が今いる場所を離れることをエクスキューズするのに有用なフレーズを用意して外に連れ出してくれる。今いる場所を大きく離れるのって、心理的負担が大きいものです。
転職だって、そうでしょう?
客観的に「自分は行動してもいいのだ」という理由が欲しい、そういうときってある。
ありますよね。
わたしにとっては、ヨガの練習が小小小旅行の時間です。
大きく呼吸をして動いている時間は、関係性の網から離れて心が少し遠くへ行けます。
ヨガマットが飛行機の座席のようになります。
前に何かの本で「瞑想は泉へ喉をうるおしに行く鳥のような行為だ」と説明されていて、わたしは日常の関係性の網から離れられる瞬間のすべてに、これを感じます。
先に色を塗ってもらえるのもうれしい
わたしが行ってみたいとなんとなく口にした場所へ「行ってみましたよ!」と教えてもらえることもあります。
数年前まで東京で毎月お会いできていた方が、中部地方へ引越したことで行きやすくなった名所の写真を送ってくれました。

大王埼灯台。
映画『浮草』を観て行ってみたいと思った場所です。
こんなに水が綺麗だなんて、行ってみないとわからないことです。昔の映画は、映像が粗いのでね・・・。

小津監督が「東海の尾道」と何かに書いていたと、何かで読んだ気がします。
こういう「浪速のモーツァルト」みたいな喩えの場所って、いいですよね。
(モーツァルトは地名じゃないけど、わたしの好きな喩えです)
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人生はこの肉体で1回だけ。いろんな体験をしてみたいけれど、身体はひとつだけ。
身体の内側のことも外側のことも、感覚について話せると世界が豊かに感じられます。