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スメラミシング 小川哲 著

少しミステリーっぽいものも含めて6つの短編集が入った本でした。

「信じること」「何かを理由にすること」「翻訳すること」「解釈すること」が全話の共通項になっていて、紀元前3世紀頃の聖書の話もあれば、コロナ禍の反ワクチン運動の話もあり、インド人教授の論理にツッコミを入れる話もあり、バラエティ豊か。

わたしはこんな部分が印象に残りました。

 

 

信じたいのにシラけてしまう気持ち

わたしはインドの古典書物を読んでいるけれど、読みながら「この論理に意識を預けたいと思う自分は病んでいるのか」と思う瞬間がたくさんあります。(あるんですよー)

 

で、その「自分は病んでいるのか」という気持ちは、言い換えればどこかシラけている気持ちの裏返しでもある。まさにその感じが書かれていました。

インドのデリー大学・サハデブ教授が「ゼロの起源を知ることは、宇宙の起源を知ることでもある」という講演をしている最中に、主人公がこんなことを思っています。

 

途中で「ゼロの存在論」と「輪廻転生」を組み合わせるための理論をいかにしてヴェーダから見つけたか、という話をはじめたところから怪しくなっていきます。

(神についての方程式 より)

 

これこれ!と、わたしの中のさらに小さなわたし100人が叫びました。

ヴェーダの教えにスーッと入っていく日本人ヨギーのみなさまは、どのくらい自然にコミットできてるんだろと、いつも思っています。

 

 

ほかにも、歴史との距離感について、おもしろい視点がありました。

 

キリストがソーシャル・ネットワーキング・サービス上に十二使徒の集合写真をアップしたり、マグダラのマリアとのツーショットをアップしていたりしたら、キリスト教はあそこまで広がっただろうか。

(神についての方程式 より)

 

人脈をリアルタイムで出すのは俗人の極みって感じがするけど、フォロワー数だけは凄そう。教会へは行かないと思うけど。

 

 

物語ゲノム解析、という発想がおもしろい

最初に収められている聖書の翻訳の話に興味深いことが書かれていました。

語り手は2036年に聖書の研究をしている無心論者の教授で、聖書を含む全ての物語には「ゲノム」があるといいます。

 

 物語ゲノム解析学において、すべての作話には「内容」のゲノムと「形式」のゲノムが存在する。「内容」とは料理における食材のことで、そこで何が起こっているかが問題になる。それに対し「形式」は調理法のことで、起こったことをどのように語るかが問題になる。

(七十人の翻訳者たち より)

 

調理法はだいじ。

以前は内容の正しさばかり求めていたけれど、近頃これがよくわかります。

インドの『バガヴァッド・ギーター 』という聖典の日本語版にはひとつ、無理やり四行を貫いているものがあります。田中嫺玉さんという人の翻訳なのですが、わたしの周りではその方の訳が人気です。語り方として形式の力が働いていると感じます。

 

 

私情と建前のあいだ

この本のタイトルになっている物語『スメラミシング』は最後まで読んで「やられた」と思う、苦しい気持ちになるお話でした。

世界を変えようと思ったら自分のものの見かたを変えるしかないのだけど、そもそも見たい世界がない人とのコミュニケーションは表層ですら成り立たない。

 

 僕は笑うことができなかった。自分にはそんな権利がないような気がして、無理に笑おうとすると強張ってしまう。

(スメラミシング より)

 

どんな会話でもとりあえず「すみません」と発話することが癖になっている人って多いけれど、この物語の主人公もそう。

相手を警戒させないためのマナーとして笑顔を使えないことについて、自分にはそんな権利がないような気がする、という言い方がズルい。

この話はしんどかったな・・・。

 

   *   *   *

 

配送の仕事の描写部分になんだか引き込まれるところがあって、ワークフローの背景を聞くと心が落ち着くのはなぜだろう。

仕事を覚えたり回したりするのって疲れるけれど、その過程にそれをラクにするための脳内成分が出ているのかも。自我を眠らせることができる何かが。

 

 

 




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