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読書する脳  毛内拡(著)

12月にたまたま書店で見つけて読んだ『健康脳活』がとてもおもしろかったので、同じ著者の別の本を読みました。

▼前回読んだ本はこれです

 

わたしはヨガをはじめてからいろんな本を読めるようになったので、脳のキャパシティを増やすのにヨガは良い効果をもたらすと思っています。

実感として、この本に書かれていた以下は、おっしゃるとおり! と感じています。

 

  • センセーショナルな見出しやフェイクニュースに容易に飛びついてしまうのは、脳が疲労しているから
  • メンタルが病んでいるという状態は脳のデフォルトモードネットワーク(DMN)が過活動で疲弊している状態
  • 自分自身の内面の自由を守り、主体的に日々の時間割を作り上げないと慢性的な脳疲労から抜けられない
  • コンテンツ過多の環境にいると自ら考え選び取る主体ではなく、考えられたものを評価する立場に甘んじるようになる

 

特にわたしが思うのは最後の「考えられたものを評価する立場に甘んじる」というもので、本でも映画でも、誰かの解説やどこかのレビュアーの発言への反応を口にしているだけって人が多いと感じます。

 

 

ほかにも、以下のところにうなずきながら読みました。

(今回も感想が長いので目次をつけました)

 

映画監督・編集者の技術と脳のキャパシティの話が興味深かった

映画監督や編集者は観客の脳が情報過多でパンクしないようにコントールするプロだという話を、確かに!と思いながら読みました。

ここ数年で原作小説を読んだことがある映画を観るようになってから、「なるほどこう要約したか」と感心することが増えました。

文芸作品が原作のものでは、わたしは成瀬巳喜男監督映画の脚本を書いている井手俊郎さん&田中澄江さんのペアと、ご自身も監督をするけれど増村保造監督や川島雄三監督の映画の脚本を書いてきた新藤兼人さんの編集のバランスが好き。

監督が画角と音で何をどこまで要約するかを知った上でセリフを選んでいるのか、逆にセリフの補強として絵を作っているのか。どっちもだよなぁ、と思う映画はすごくいいですよね。

 

 

日本語の特異性の掘り下げがよかった

わたしがここ10年くらいで読書が楽しくなった理由に、インドの文字(デーヴァナーガリー)を読み書きすることで日本語の視覚的なおもしろさが格別に感じられるようになった、というのがあります。

アルファベットの場合は同じ文字で別の音の場合もあるけれど(e はイーともエとも発音する、など)、インドの文字はイレギュラーのないガチの表音文字。厳格な音=文字の単一世界に触れると、日本語文章の情報量の豊かさに気づきます。

この本ではしっかり、その脳への効果が説明されていました。

 

この本と同時期に「翻訳目録」という別の本で、興味深い話を読んでいました。

 

この本に「驢馬」(ロバ)と「鵞鳥」(ガチョウ)はそれぞれ最初の文字にすでに馬、鳥が入っているのだが。という話がありました。

中国語は一音節でも声調というのがあるけれど日本語にはそれがないから、一音節でははっきりしない。だからさらに追加したのではないか、と書かれていました。

わたしは中国語はわからないのですがベトナムの文字を現地の人に少し教えてもらったことがあって、上下にあるヒゲのようなくるっとしたものは発音を示していると聞きいたことがあります。たぶんああいうのを声調というのでしょう。

 

意味的な奥行きにおいても日本の漢字はグラデーションがあって、日常的な話なら「意思」が適切だけど忠臣蔵的なものは「意志」が合う。死んだ人のそれなら「遺志」になる。濃さや重さや時間軸があって、まるで絵の具のようです。

 

 

記憶の三分類の話が「三点倒立の習得の過程」そのものに見えた

『知恵ブクロ記憶とは何か』という章に、「世界とはこういうものだ」と無意識に状況を予測・解釈する脳のはたらきについて書かれていました。

 

そこではカナダの心理学者エンデル・ダルヴィングという人が唱えた記憶の3種類が紹介されていて、世界の捉え方はそれらの絡み合いでできているのではないかと、著者が例を挙げていました。

この内容が、ものすごく実感と重なるもので、わたしはヨガの三点倒立を個人が習得するプロセスに置き換えて読みました。

 

1)アノエティック記憶(無意識的記憶)

→ヨガの三点倒立でいうと、一度習得したら少ない筋力でも自転車に乗るようにできる、再現性の高さそのもの=知識といえるもの

 

2)ノエティック記憶(知識的記憶)

→身体が覚えていく初期にだけ重要なもの。ヨガの三点倒立でいうと、正三角形に骨を配置することで安定度が最大化する数学的・物理的知識や、慣れない皮膚感覚を使い視覚が逆転すると脳が一時的に混乱するという、現実を認める知識

 

3)オートノエティック記憶(自己意識を伴う記憶)

→ヨガの三点倒立で言うと、「前回ここまでできた」という思い出のようなもの

 

2)だけが万人に平準化していえること。

1)は時間と回数で変えていけるもの。

3)には個性があって、例えばそれを狩猟的に扱う人もいるし、自己表現として扱う人もいるし、建築のように扱う人もいるし、登山のように扱う人もいる。

3の扱いに特徴を持たない人ほど漠然とした願掛けのようになり、具体的な願いのない願掛けでは1への道が遠い。

 

3のオートノエティック記憶を検索して調べたら、いわゆる「エピソード記憶」のことだそう。

楽しかった思い出を語る人ほど元気に見えるのは、この源泉が繰り返し沸く仕組みに人生をうまく乗せることができ、好循環の中にいるからでは?

と、そんなことを思いながら読みました。

 

   *   *   *

 

わたしはここ10年ほどで毎日読むのが習慣になり、ヨガと読書のあとには、自分の好きなペースで自分のために楽しむ料理がそれに加わってきました。

脳のキャパシティを広げてくれるものがくつろぎを生み、くつろぎが知性を育てる。

そいういうことなんだと思います。ネットニュースばかり見てるとノイズで詰むよね。

 




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