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愛と死  武者小路実篤 著

これは間違いなく日本一。わたしは見つけました。

日本最高峰の「逆立ち文学」を見つけました。

こんなにも人の心を震わせる倒立がこの世にあるでしょうか。

 

わたしは20代か30代前半に武者小路実篤の『友情』を読んだことがあります。

その頃はいつも頭の中が忙しくて本が読めず、昔の小説を読みきれたことがまず嬉しかったし、心が洗われるような感覚になったことを覚えています。

そんな印象を持ったまま数年前に同じ著者の『お目出たき人』を読んで驚き、先日この『愛と死』を読みました。

 

コテコテの純愛物語の間に差し込まれるいくつかの視点に、またしても魅了されました。そこにある普遍性のひとつとして、快活なものに人は励まされるという要素があります。

その快活さの表現として、逆立ちと宙返りが登場します。夏目漱石の『坊つちゃん』も宙返りをしたけれど、あれは自我のエネルギーを燻らせて家の中で行われていた宙返り。それを他人をほっこり弛緩させるところまでには昇華されていません。

この小説では、ほいっと逆さまになる人のコロコロとした明るさが、引っ込み思案な主人公を浄化します。

 

 

この、引っ込み思案な人の語る自分自身の暗さの内省がすごくいい。

武者小路実篤の文章の魅力はひとり相撲からの解放へのプロセスを描けるところで、その解放は証明しようのないものだけど、確実にその人の中では変化があったことを見せてくれるんですよね・・・。

 

文通で初めて「おまえ」と相手のことを呼んですぐにカッコ書きでエクスキューズをするあたりとか、もうかわいくて読者のハートが筋肉痛になります。

 

 巴里に遂に来た。来た最高の喜びはおまえの手紙だった。(わざとおまえとかいた。船でおまえのことを空想する時僕はおまえと呼ぶくせをつけてしまった。) 

 

上記は恋人同士の手紙の文面の冒頭です。

結婚の約束をした直後に主人公の男子が半年パリに遊学に行く、高等遊民同士の純愛。

それを客観的に認識している主人公の性格がすごくいい。上記の続きの部分で、恋人へ向けてこんなふうにも書いています。

 

 僕はどうしてこう皆に愛され、運命に祝福されているのかわからない。謹しまなければならないと思っている。

 

“つつしみ” という言葉をこんなにも適切に使っている例を初めて見ました。

この二人は結婚するまでキスしかしない、一線を越えない関係。現代の感覚で見たらじゅうぶんつつしみ深いのですが、二人でいるときはバカップルであることを自覚していて、その度にいちいち反省します。

 

 

そして、よくよく読むとこの主人公にとってはすべてのことが精神修養であることが、落ち着いて読むとわかってきます。21年前を振り返って書かれている話です。

仕事に打ち込む若い男性の美しさが感じられる内省が随所に登場します。

 

若い時の自分は征服欲が何よりも強かったと言いたい位で、何か不平があったり、不快があったりすると、自分の仕事でそれを征服したいと思っていた。いい仕事をすること、それだけが自分に許されている事だと思った。しかし実はこれが一番難かしい仕事なのだが、若い時はそんなことは考えなかった。

(六 より)

 

パリで感じたこと考えたことを書くくだりは、まるでガンディーやタゴールの言葉のようです。

引っ込み思案で意地っ張りなところはあるけれど真面目に頑張ってきた、恵まれた小説家の人生の振り返り。幸福や不幸の感じ方は、また別のこと。若い頃は世界がこんな風に見えていた、ということを内省する時間によって、自らが浄化されている感覚が伝わってくる。『お目出たき人』同様、手元に置いておきたくなるすばらしい本でした。

 




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