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君が手にするはずだった黄金について 小川哲 著

3つ目の話まで全部つながっていると思って読んでいて、4つ目の話で、ああこれは別々の話なのか・・・、と理解しました。

わたしはこんなふうに、この本のありようが理解できないと途中で居心地悪く感じる、そういう思考の癖があります。

 

これが発動する時としない時の違いがずっとわからなくて、こういうのを被害妄想と扱われるのも人権侵害だと思っていたら、先日、まったく別の話の流れで、友人がその境界を探りあててくれました。

 

 

「あなたもわたしも、”スマホを持つ=iPhoneを持つ” と思わないタイプだからじゃない? そういうのと似てない?」と言われたことがあって。そうだ。この感じだ!

わたしはスマホ Android だけど Macユーザーでもあるし、スティーブ・ジョブズの愛した禅的なものが日本人の好みに合うとも思っていたけれど、そういえば禅的じゃない人もめっちゃ当たり前に iPhoneユーザーだわ。

 

 

「これを読んでいる俺は(わたしは)賢い」という気分にさせてくれるものへの参加方法って、みんないつの間に、どこで習得していくのだろう。この本を読みながらこの疑問が起こったのはどういうわけか。

 

 

この本の中に時々差し込まれる、脳内で責任を回避しようとする思考をスマートに書くことでさらになにかを回避しようとする書き手の技巧さは、わたしには「PR」として目に入ってきます。

そのシールドの張り方が生きる物語もあって、特に、オーラを見てハイヤーセルフの声を代弁する占い師が出てくる話はおもしろくて一気に読みました。

自分の人生に口出しをされたくないから他人の人生にも口出しないと考える僕が、占い師の技巧に挑戦しに行く話です。

ヤな奴のヤな奴ならではの思考がそのまま書かれていて、それは、取引はするけど恋はしない人の思考。味気なくてコクがない。

 

 

ほんとうは他人の人生をジャッジしたいし、なんなら逐一ジャッジしてその思考をストックしている。それが小説家の頭の中で行われている日々のルーティーンであり下ごしらえなのだとしたら、それが幼稚に見えないように書くか、大人の中にも残っている子どもの要素として書くか、その選択を避けるために設定を考えるかが、仕事をはじめる第一ステップになる。

この小説に出てくる作家は、その第一歩の踏み出し方をいつも考えているように見えます。

 

 

精神的に見栄を張ろうと思ったら、このくらい頭を使う。

売れた小説家はそれを仕事にできるからいいけれど、そうでない人が精神的に見栄を張ろうとすると地獄です。バカで俗な自分を禁忌している凡人の重さはそのまま、陰気にしか映りません。

わたしにはこの小説に出てくる詐欺師的な登場人物たちがみんなチャーミングに見えました。精神よりも物質の見栄のほうが単純でいいわ。

 




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