五浦の海へ行ってきました。五浦と書いて「いずら」と読みます。
岡倉天心が晩年を過ごした場所で、自宅や瞑想ルーム(六角堂)、墓地があります。
名著『茶の本』を書く前に、岡倉天心は不倫騒動で職位をキャンセルされ(「東京美術学校(のちの東京芸大)」の学長職も帝国博物館美術部長の職も失い)、この地へ移っています。
この五浦へ来たら、教科書には載っていない岡倉天心のエピソードを多く知ることになりました。
日本美術院第一部五浦研究所跡
岡倉天心キャンセル事件のインパクトは相当なもので、憤った教師陣が西洋画の教師を除いて一斉に辞職を決めるほどだったそう。
その中には日本画の大家となる横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山らがいて、この日本美術院第一部五浦研究所跡地で、せっせと絵を描いていた時期があったそうです。



この地で撮影された「せっせと絵を描く日本画の大家たち」の写真を、わたしはコルカタのタゴール・ハウス(タゴールの生家)で見たことがありました。
タゴール・ハウスにはインドの人から見た日本の美術について知ることができる、興味深い展示のスペースがあります。

それにしても、美しい場所!

上空の風が強いのか、空の様子がくるくる変わりました。
墓地
東京の染井霊園から分骨し埋葬されているそうです。


東京の染井霊園は駒込駅の近くにあります。
Google Mapで寄っていくと有名人の墓の場所がわかるくらい、近頃は墓地のディテールが細かくなっています。いつか行ってみることになりそう。
瞑想ルームの六角堂とそこから見える海

ここで瞑想をしていたそうです。

瞑想できるんかいな、ってくらい、いい景色。

地層が綺麗に見えました。
高台にある旧邸宅とそこから見える海




すてきな平屋邸宅でした。とても風通しが良さそう。

家の前から見える海も最高でした。

北を向いて見ています。
この近くにある研究所の展示スペースでは、傷心時に岡倉天心がコルカタのベルル僧院でスワミ・ヴィヴェーカーナンダと共に過ごした時のことが解説されていました。
▼この時代の歴史がシュッとまとまった素敵な解説
▼こっちがメインです