今年出版された本です。
現代ヨガのルーツの掘り下げが前半にあり、終盤はヨガ業界に根付く反ワクチンや、ヨガの世界でのMeTooのインパクトなど、直近のムーブメントの振り返りが含まれています。
インド発祥のヨガが西洋を経由し、それぞれに解釈・加工されて世界へ再分配される流れのいろんなパターンが説明されていました。
わたしはヨガを始めたころに、インドの人物の書物では特にスワミ・ヴィヴェーカーナンダ様の言葉の影響を受けてきました。(様とつけずにいられないくらいに)
その教えにも同時代の西洋式解釈の影響があったことがわかり、ほぼ同年代のヨーギ・ラマチャカというアメリカ人思想家の存在をこの本で初めて知りました。
また、スワミ・ヴィヴェーカーナンダの「カルマ・ヨーガ」の定義は、わたしのようにキャリアとして示しにくい、調整弁のようなオフィスワークをしながらヨガをする人にフィットしやすい教えであることもわかり、だからあんなにいきなりスコンと腹落ちして魅了されたのか! と納得しました。
自分がヨガを好きな理由も失望する要素も、距離を置いて見られるよい機会になりました。
特に自分の考えが浮かんだ部分の感想を書きます。
- 1900年頃のスウェーデン体操の写真
- ヨーギ・ラマチャカについて知った
- その時代にそれっぽいインド人ネームで伝えちゃうことの力
- 自己管理を個人に押し付けることへの指摘
- ヨーガ業界に根づくワクチン接種への反発
- グルと弟子の、ロックスター&グルーピーのような関係性とMeToo運動
1900年頃のスウェーデン体操の写真
運動量の多いヨガのルーツにスウェーデン体操があったことは知っていましたが、この本を読むと思いのほかそれはダンスに似ていて、優美なものでした。
この本に載っている1900年頃のスウェーデン体操の写真なんて、ほぼ欅坂46です。
▼このサイトで見ることができます
(サムネイルの時点で雰囲気が溢れてる↑)
スウェーデン体操とボディ・ビルの要素が組み合わさったのが現代のアクティブなヨガだけど、わたしはエレガントに優美に動こうとする瞬間が好きなので、この章を興味深く読みました。
ヨーギ・ラマチャカについて知った
古いインドの教典を読むと、ヨガの趣意は「イジイジ考えずに快適に暮らしなはれ(余計な妄想を取り除きなさい)」くらいの高さのものに見えます。
これは、世に溢れる「ヨガ=ポジティブに!」とはどうも違う。どこでハードルが上がった?
この本にその不思議の紐解きがありました。
なんと中村天風さんや宇野千代さんの明るい豪快な教えは、意志の力やポジティブ思考、引き寄せの法則につながっていくニューソート運動の作家ウィリアム・ウォーカー・アトキンソン(1862-1932)という人物が、ヨーギ・ラマチャカという名前で残した教えの影響があったのでした。
その時代にそれっぽいインド人ネームで伝えちゃうことの力
ヨガをインドの人から学ぶつもりが実はそうじゃなかった流れとして、ババ・ラムダスやインドラ・デヴィが別の国の人であることは知っていたけれど、ペンネームでインド人風にする流れはもっと前からだった。
これを知って、「時代の気分」を創ってきた80年代90年代の邦楽世界を想起しました。
ジョー・リノイエ(武富士のCMソングを作った日本人の広瀬健一さん)や、マーク・デイヴィス(男闘呼組の曲を作っていた馬飼野康二さん)みたいな話だなと思いながら読みました。
自己管理を個人に押し付けることへの指摘
わたしはIT業界で働き出してから数年後にヨガを始めたので、ヨガ歴=ほぼ現在の職種歴なのですが、数年前に企業にマインドフルネスが提案されるようになった頃に、「これは新しい地獄の提案だ」と思いました。
マインドフルネスはその他の組織開発メソッドと同じように「アメリカの企業が取り入れている」という触れ込みで日本に入ってきたけれど、安心できる環境で行うべきマインドフルネスを「会社組織」という枠組みの中で提案しそれを外部にアピールすることに、”厳しさ” を感じました。
これは昭和時代の経営層が自身の経験を元に自社内で推進した京セラのTM瞑想とは全く違う流れです。
この本では、わたしと同じような感覚で指摘をしている(と思う)学者の主張が「新自由主義的ヨーガの抱える矛盾」の章で紹介されていました。
政治学者ファラ・ゴドレジ氏の
健康増進の達成は自らの自由な選択と努力の結果であるという論理は、非平等主義的な社会構造を放置することになる可能性があると言えるだろう
という視点は、まさにわたしが企業でのマインドフルネス提案に感じた「新しい地獄」の感覚です。
ヨーガ業界に根づくワクチン接種への反発
英文誌『ヨガジャーナル』に掲載されたウルフ・テリーさんのエッセイ「ワクチン接種は非暴力(Ahimsa)の行い」の炎上事例が紹介されていました。
それ以前の章で西洋医学への根強い不信は1960年代からあったことを読んできた後にこのトピックがあったので、ワクチンそのものへの疑いというよりも、それを推奨する西洋医学、それに従う自国政治への反発というふうに、段階を追って積み重なった流れを捉えることができました。
この本では、陰謀論とニューエイジの関係を探るポッドキャスト「コンスピリチュアリティ」や、イギリス最大のヨーガ会員組織(ブリティッシュ・ウィール・オブ・ヨーガ)によるBBCへの表明が紹介されています。
「ヨガ&反ワクチン」を単独の題材としては扱えない理由が、この本一冊を通じて文字数を割いて説明されていました。
グルと弟子の、ロックスター&グルーピーのような関係性とMeToo運動
Netflixで公開されたビクラム・チョードリー氏の性加害など、いろんな事例が紹介されていました。
映画界のワインスタイン氏や日本の芸能界の献上文化のように、別室で行われるものについては、昭和生まれのOLの視点では「あるある」のヨガバージョンです。(ここは日本。わたしの世代は見慣れてきた光景です)
ですが、マイソールのパタビ・ジョイス氏によるヨガマットの上での行為は、別室に呼ばれるタイプのものと違い、わたしには権威の暴走よりも禁欲力の低下が大きく見えました。
ガンディーには、70歳を過ぎてから若い女性を添い寝させ、禁欲の度合いを確認していたというエピソードがあります。(「ガンディー 禁欲実験」で検索すると出てきます)
以前はこの禁欲実験を少し気持ち悪いと思っていましたが、このマイソールの件を知ると、ガンディー級の人でもこのくらい自己メンテナンスをしていたという見かたが生まれます。
このMeTooで公開された画像は正直かなりどぎつく、グレゴール・メーレ氏のサイトの記事では、自身もこの写真が撮影された現場にいたと明言されていました。(参考)
日本のジャニーズでも吉本興業でもこのスタンスを取れている人を見ていないので、男性社会を生きてきた人として勇気のある発言と感じます。
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この本はわたしにとって、いろんなことを振り返るきっかけになりました。
どんな偉人も時代の影響は受けている。だからこそ「自分はこの時代をどう生きたいか」の振り返りがベースにないとあかんで、という警告のように感じました。