10年以上前に、インドで受けた授業中の雑談で、こんな話を聞いたことがありました。
わたしたちは空腹の状態で帰宅して
食事の際に母親がまず先に牛にチャパティを与えても怒らない。
インドはそういう人ばかりだ。
これは、自然の法則をどう捉えるかという話を聞いていたときの喩えに出てきました。(参考)
そのときはインドに居たのでそこら中に牛がいて、誰かが与えたチャパティを食べている姿もよく目にしていました。
なので深く考えずにそういうものかと思って聞いていました。
* * *
そのことをなんとなく覚えていたら、先日、インド料理店で出会ったインド人のかたが、たまたまその話をしてくれました。
現在はデリーに住まいがあるけれど、ご両親がデリーから少し離れた田舎の出身で、昔はどの家も牛を飼っていたそうです。
牛は毎朝、求めれば最初に人間に乳を与えてくれる。新鮮なミルクを。
だからチャパティでお返しをしているのだと教わったそうです。
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サーンキヤ・カーリカーという、自然と自己の法則について謳われている教典の57節に、「世界は人間を解脱させるために勝手にいろいろ見せてくる」という話があります。
そこに「子の成長のために無意識の牛乳が活動するように」という比喩のフレーズが登場します。
生きてりゃいろいろあるんだよ。経験をさせてもらえているんだよ。
牛の乳から牛乳が出て、それを飲ませてもらえるように。
簡単に書き直すとこういう論理で、冷静に読むとなかなかおかしなことが書いてあります。
読みながら「言ってることめちゃくちゃだけど、なんか頑張ろうと思えるよ!」となる。
(なりませんか?)
自然法則にもいろいろありますが、それが無意識だと思えるから受け取ることができます。
悪い道(悪徳)を選択するのではなく、ましな道(功徳)を選択しようと思える土台に、この「言ってることめちゃくちゃだけど、なんか頑張ろうと思える」という無意識の納得があります。
自然法則も、秩序も、功徳も、サンスクリット語で「ダルマ」と言います。
「ダルマ」は多くの意味を持つ言葉ですが、根底にはこの牛の話のようなことが共通して存在しています。なのでヨガはなんとなく楽観的で、牧歌的です。そこが気に入っています。

も〜ちょっとズレてくれんか?