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小さな声の向こうに 塩谷舞 著

こういう指摘を待っていました。すばらしい視点。

谷崎潤一郎へのツッコミも柳宗悦へのツッコミもまさにそれ!!! と、おもしろく読みました。

文豪だろうが権威だろうがツッコミどころはツッコミどころだよというポイントをスルーせず、礼賛するところはしっかり礼賛する。ここまで丁寧に書いてあると気持ちがいい。

平均点として研ぎ澄まされた「コスパがよく便利なもの」を味気ないと批判するのは簡単だから、どこで絶望したかくらいは(口から出すことはなくても)自分の言葉で確認しておきたい。

そんな気持ちで読む「それな!!!」がいっぱい。

喩えがどれもしっくりきます。

 

たとえば「自動翻訳にかける前提の日本語」を書く場合には、主語や目的語を明確にして、日本語本来のぼんやりとした趣は極力排除するだろう。それと通じるものを、「食洗機と電子レンジOKの皿」に感じてしまうのだ。

(ふつうの暮らしと、確かにそこにある私の違和感 より)

 

わたしは掃除機を持っていないのですが、それは生活スタイルの「前提」が変わるのが嫌だったんだということに、この本を読んで気がつきました。

 

 

著者は「繊細な感覚をもつ人」であることを隠さないことで周囲に強いている負担についても内省的で、嗅覚が敏感すぎたけどコロナで嗅覚が鈍る経験をして考えが変わったことや、陰翳礼讃の洗脳がほどよく解けたときの感覚が書かれていました。

排除を重ねることで外部と交わる可能性を潰していたと、ご自身を振り返っています。

 

洗練された人が語る “排除の理由” って、現実的な生活では、近くでそれを聞く回数が多いほどしんどいもの。わたしは語る側より聞かされる側の立場でうんざりすることが多いので、こういうことに自分で気づいた人の文章に魅力を感じます。

 

 

  *   *   *

 

 

元々ウェブメディアとSNSを熟知し使いこなしてきた人ならではの、投稿する人の心情を教えてくれる文章も魅力的。

わたしはずっと、暮らしの話をSNSに上げる人の気持ちをわかっていませんでした。

遊んでいると思われると困るとかお出かけ情報は後ろめたいという気持ちを全く想像したことがなかったので、読んでなるほどと思いました。

個人がデフォルトで装備している「後ろめたさ」についての話がどれもわかりやすく、自分が無意識に過剰に配慮してしまう傾向がどこへ向かっているかを知ることが、自分を知ることであるなぁと。そんなことにほんのり気づく。

 

 

どの話も2030代の苦悩がギュウギュウに詰まっていて、読みながら懐かしみの感情も湧きます。

意識の高さや繊細さを振りかざして孤立することがないようにという心がけは、この時代に年齢を重ねていく上でとても大切なことだけど、そこの優先順位を上げすぎてしまうと、無粋な大人ができあがる。

それを教えてくれる本でした。

「いい炎上」をした(とわたしは思う)以下の話も収められていました。

 

 




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