わたしは本を買うときに、帯の絶賛がうるさいな〜と感じてシラケることがあって、新しい本は電子で買って読むことが多いです。
ここ数年復刊されている有吉佐和子さんの小説も、読んでみると「そこまでじゃないだろ」というものがあったりするのですが*1、これは本当に帯がまったく誇張じゃないくらい面白い本でした。
帯には、こうありました。
面白くないところがひとつもない。
50年以上経っても古びない、
奇跡のようなエッセイ。
──岸本佐知子さん(翻訳家)絶賛!
そもそも内容が壮絶です。人類学者の友人と一緒に、友人の研究の地であるニューギニアへ行きます。それも、とんでもない山越えをして。
この人類学者・畑中幸子さんの現地での振る舞いから学ぶことが多く、そんな畑中さんも、日本へ帰国した際には日本の土地に合わせて態度が小さくなっています。
土地に合わせて人格は作られるから、強くなりたかったら強くならざるを得ない環境に身を置くことだとつくづく思い知らされます。
最後に有吉さんのこの言葉を読んだときに涙腺が決壊して、自分でも驚きました。
私にとっては未開社会そのものより畑中さんをニューギニアで見た方が大きな収穫でした
現地ではどうにもお荷物である有吉さんの視点で語られる滞在記が、とにかく面白い。
有吉さんは6歳から10歳までインドネシアに住んでいたので、誘われて行くことに決めた経緯も、以下のように軽く語られていました。
インドネシアとニューギニアなら地図で見ればほんの五センチほどの距離だから、いとも簡単に畑中さんの誘いに乗ってしまったのであった。
それが、行ってみるととんでもない場所で、現地で歩けなくなり足手まといになる有吉さんは、「現地の人のパンツを手縫いで制作する」という新しい役割を自分で見つけます。
なんと、それがないと、葉っぱで隠しているような未開人たちとの暮らし。
女性の価値は豚三匹と等価交換の場所で、やさしい顔をすればナメられてしまいます。なので始終、畑中さんはとにかく居丈高。
有吉さんは基本的に座り仕事の小説家。
使う脳みそが違いすぎる様子を、こんな風に綴っています。
最初の山を越せば、あとは丘だけだと畑中さんは言ったが、丘などというものは恋人と手をつないで口笛でも吹きながらのぼるところであって、木の根にすがったり、枝につかまって、死にもの狂いで登るところではない。
(6章より)
この喩えが、忘れた頃にまた出てくるので爆笑です。
二人は畑中さんが研究のために与えられている家のある滞在地・ヨリアピを目指しています。
昼近くなって、畑中さんは休憩のとき、私とチョコレートをもぐもぐやりながら、
「あんたよう頑張ったわ。もう、あとはほんまに楽よ。この丘越えたら、じきオム川やからね。ほな、そこがヨリアピや」
私はちょっと懐疑的に畑中さんの顔を見てから、あらためて行手を眺めた。断崖絶壁が眼の前に立ちはだかっている。
「これが丘だって言うの?」
丘というのは、せいぜい花の咲く灌木程度が生えていて、男の子と女の子が手をつないで口笛でも吹きながら気軽に駆け登れるようなものを言うのだ。畑中さんは、ニューギニアに来て、日本語が少しおかしくなっているのではないか。
(7章より)
このニューギニア滞在記は、普段旅行記などを読んだり書いたりしている人が見ると、格別にうまいことがよくわかるというか、本当に文章力オバケ。
これまで『華岡青洲の妻』や『恍惚の人』で、「読みやすいってこういうことか!」と十分に驚嘆してきたつもりだったけど、この本は起こっている事実が面白いというベースがあり、有吉さんご本人も、体験したことってこんなにすぐ書けちゃうものなのかと帰国してから驚いています。
「とにかく明るい深夜特急」を読んでいるような感覚で、奇跡のような臨場感でエネルギッシュとセンチメンタルが同時進行する。
こんな魔法まで使える有吉佐和子、おそるべし。文章のマジシャン。
そして、やっぱりどうにも人間観察が深い。
実際に体験したことと並行して綴られる内省に、ハッとさせられることがいくつもありました。有吉さんには有吉さんの暗さがあって、畑中さんには畑中さんの暗さがある。
イラストも可愛らしくて爆笑の連続なのに、読後にどっしり、ものすごいものが残る。
すばらしい本でした。