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皿の中に、イタリア 内田洋子 著

実は「食」にまつわる話題に苦手意識がある。

厳密にいうと、「苦手意識があった」だから過去形。

外食に対してはずっとポジティブなのだけど。

 

うちは両親ともに料理が好きで、わたしが大人になっても自分で料理を作る発想が起こらないくらい、腕まくりをしていろんなものを作ってくれていて、地下街の料理油の匂いが今でもなんとなく好きなのは、幼少期に親がキッチンに立つレストランで過ごしたときの記憶からかも。

 

自分で料理をする発想のタネがなさすぎたせいか、大人になってからは自分の料理をジャッジされる場面で、あまりよくない気質を育てることになりました。

 

生活の基本テーマである「食」について、いまはずいぶんポジティブだけど、嫌なところを刺激してくる題材があるにはある。

この本を読んでいる間にも、「出たよ」と心の中で乾いた声で吐き捨てる自分がいました。

 

「食は人なり、と言うでしょう。得体の知れないものを食べていたら、怪しげな性格になってしまう」

 

園芸が趣味で、植物のことを調べているうちにシュタイナー理論に行き着いたとかいう、いけすかない女が出てきます。

そして、この人がつまづく。

 

かつてのわたしであれば、過剰なこだわり屋のその後に溜飲を下げる展開です。

だけどこの作家の文章を読んでいると、そういう気分になりません。

生活環境が淡々と語られます。

 

 熱心な友人には水を差すようだが、せっかく手塩にかけて作ったバイオダイナミック農法の野菜でも、ミラノの青果店の軒先に置かれれば汚染はあっという間である。

 

そうなんだよね。

こだわりはこだわり。環境は環境。内側の世界と外側の世界が噛み合わないこともある。

この本のあとがきに「何も喉を通らない日もある。食べられないこともまた、食べることなのだ。」と書かれていて、なんだか泣けてきました。

「食=前向きでなければならない」が自分を苦しめる。だからわたしは、食べないことに対しても同じくポジティブなインドの健康文化が好きなのかもしれない。

 

  *   *   *

 

この本にはいろんな一般人が登場します。

忙しい物書きで立って食べるような生活をしていた人が仕事を辞めたら食生活とともに文章が変わったり、人間関係の断捨離をしたような明らかに付き合いにくそうな女性が複数登場したり。

一方で、社交的な夫婦に格別のめんどくささがあったりして、それらのすべてが日常。

仲のいい友人が特別いい人間ってわけじゃない。

それはどこの国でも同じ。だから人間には友達ができる。

それがわかっている人の書くものはおもしろい。

 

  *   *   *

 

この本は借りて読みました。

それまでお名前も知らなかった著者の本を、ヨガでお会いする人が貸してくれました。

 

イタリアの生活習慣や食の慣習についてふむふむ・・・と読んでいたら、イタリアに住んでいる友人の Instagram で見る画像のイメージが浮かんできました。

彼女はいまアッシジの巡礼をしているらしく、「途中、食料品店でパニーニを作ってもらってお弁当に。イタリアの好きなところのひとつです」と書いてありました。

 

わたしの手元にある文庫本の中のイタリアと、リアルタイムで友人が伝えてくれるイタリア生活記がシンクロして、楽しい夏を過ごしています。

 




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