先日、自分で主催している Book Club で「復讐」について話す機会がありました。
4人でお喋りをしたのですが、かっこいい「復讐」の物語を読んだあとだったので、この復讐にまったく演歌っぽさを感じないのはなんでだ! と明るく(?)話しました。
そこのところが気になってもう一度本を読んでみたら、復讐者のセリフにこんなことが書かれていました。
この世に正義があるのかどうかを確かめるための復讐
この「確かめる」儀式として、相手に最後のとどめを刺せるタイミングで、50:50の賭けをします。生と死のカードを先に相手に選ばせる。
おしゃれマッチョにもほどがある。
復讐はするけれど、「復讐って、いいことなんだろうか」という疑問がゼロなわけじゃない。
それでも努力と準備を重ねる。
解脱できるかわからないけど瞑想を続け神に祈りを捧げる聖者のような、能動的に「ゆだねる」行為をしている人の話だったから胸を打たれたのでした。
ファンタジーだからできること。そういう題材でもないと、胸を打たれるポイントって見つからない。理想はそうやって自分の中に見つけ出すもので、いきなり掲げるものじゃない。
* * *
この物語をきっかけに、アメリカ開拓史と宗教史、そしてイギリスが世界の覇者であった頃からの世界史を見ることになりました。
こんなに後を引く広がりのある小説とは知らなかった。「ほかの作品も読みたくなった」と話している人がいたのですが、わたしもそうです。
コナン・ドイルを大人になってから知って、世界の歴史を知るために読むべきものがあることにワクワクしました。
子どもの頃に江戸川乱歩の少年探偵団で準備運動をしてきた甲斐がありました。あの頃のワクワクといまのワクワクには同じものとそうでないものがあって、そうでないものは、大人の感情を経験したからこそ加わったもの。
ワトソンあってのホームズってとこが、なんとも沁みちゃうのでした。
未読のかたは、ぜひ。