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ダス・ゲマイネ 太宰治 著

君の膵臓を食べたそうな感じでこの物語にタイトルをつけるなら「失恋から立ち直った僕の死にかた」。こんな感じで人々を惹きつけてみたい。そしてそこへ集まった凡人たちに太宰治が説教をする。
このままでは何者にもなれないであろう目の前の人たちに

君はまるはだかの野苺と着飾った市場の苺とどちらに誇りを感じます。登竜門というものは、ひとを市場へ一直線に送りこむ外面如菩薩の地獄の門だ。けれども僕は着飾った苺の悲しみを知っている。そうしてこのごろ、それを尊く思いはじめた。

と説教をする。まだ自分は本気を出していないだけと思い込んでいる君らがどんなに僕を見くびっても、僕はすでに着飾った苺だよと。選ばれた粒なのだよと言いたげだ。でもはっきりとは言わない。やさしいから言わない。

ところが、どうもおかしい。みなまで言うなと自分を制してこっちはやさしくしてる。なのに、ぜんぜん効いてない。あれ? そもそも聞いてない? なんかおかしい。

 

この物語は、まだ自分は本気を出していないだけと思っている上野の芸大男子たちと、本郷の恋する東大男子の「バンドやろうぜ!」みたいなからみがどうにもおもしろい。この小説を読みながら、太宰治って自我が肥大しちゃってる人に甘いな…とつくづく感じた。

太宰治って、本人自身が絶対に教祖になれなそうな感じが人気の理由なのだろうな。




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