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ヘヴン 川上未映子 著


読み始めで思春期っぽい話に入っていきつつ、途中からページをめくる手が止まらなくなる。
中盤までいじめの描写がかなりきついのだけど、それが差別感情抜きには語れないことをのちに示すための土台になっている。
この小説に出てくる少年少女それぞれが、自分の境遇に納得するための方法を探す。わたしはこの小説に出てくる少女・コジマの共依存的な思考が、読んでいて苦しくなった。なんでも修行のようにとらえ、恨みの感情に落とし前をつけようとするという段階を、彼女はいつか超えるだろうか。小説には書かれなかった、そんな先のことを考えたりした。


この小説には、ひとり哲学者のような人物が登場する。その人物の言葉にゆれる少年の、以下の思考はすごくリアル。

そのふたつの異なるけっかのあいだで僕はゆれ、自分がなにについてどう考えてゆくのが正しい道筋なのかがわからなくなっていった。あるいは僕の考え方の基盤には、基本的になにか致命的な欠陥のようなものがあって、そのうえでなにかを考えたところで、もともとがおかしいのだからつねに間違った答えしか導きようがないんじゃないかと、そんなたしかめようのない恐怖にかられることもあった。

これを「恐怖」と認識している状態の描写に引き込まれる。



哲学者は、こんなことを言う。

ただそれぞれの都合があるだけだ。その都合と解釈のなかに、どれだけ他人を引きずりこむことができるか、圧倒的に、有無をいわさず、自分の枠のなかに取りこむことができるか、けっきょくはそれだけのことじゃないか。

彼にも都合があったのだ。


ストーリーも描写もやさしい話ではないけれど、死んだつもりで生きるような、そういうあきらめかたで悩んでいる人には、きっと薬になる。「これも修行と思って」という思考をすることで環境を脱することを先延ばしにしてしまうことについて、自分を重ねて客観視するきっかけになる。
わたしは、そういう読みかたをしました。


posted with amazlet at 16.02.10
川上 未映子
講談社 (2012-05-15)

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