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相模原事件とクメール・ルージュ

相模原事件とクメール・ルージュ



『相模原に現れた世界の憂鬱な断面』 森達也 2020年 講談社現代新書



「僕も違うと思います」と松本*はあっさりと言った。「強い憎しみを持って彼らを排除しようとしたというよりも、彼は彼なりに合理性を持って、あるいは社会的効率性を考えて…」

「社会や世界、多くの人々のために」と僕は言った。

「無邪気に軽い発想で」と松本はうなづいた。

「ただしヘイトや差別の破片は、特にネットでは氾濫しています」

「彼自身には差別的な意識はないけれど、そうした差別的で邪悪な言葉や意識を拾い集めて、深く考えないまま身につけた可能性はありますね」

 ミノムシだと僕は思う。子供のころに何度か飼った。木の葉で作ったミノをそっと剥いてから細かく切った紙や毛糸を与えれば、彼らは新しい素材でミノを作る。深く何も考えないまま、身の回りにある素材で自らのアイデンティティを形成する。でもそれはミノムシ本体のアイデンティティではない。いわば環境設定だ。そして親鸞にあやかれば、人は環境が変われば悪人にもなるし善人にもなる。しばらく考えてから僕は言った。

「ただ、自分で自分に反論すれば、この発想を拡大解釈してしまうと、例えばホロコーストだってヘイトや差別といえなくなる。あらゆる事象は境界線上にある。つまりグレイゾーンであり、まさしくスペクトラムです。それこそ無理やりにカテゴライズしないほうがいい。でも彼の犯罪の動機を、障害者に対する差別意識だとかヘイトだとか優生思想だなどと安易にカテゴライズする世相やメディアに対しては、やはり異を唱えたくなる」

「同じ思いです」

 クメール・ルージュの虐殺は、高度な知性や教養を持つ教師や学生たちへの処刑から始まった。やがて文字を読める人にまで標的の範囲は広がり、眼鏡をかけている人や時計を腕に装着している人たちまでが、S21(政治収容所)に拘束されて虐殺された。

 この狂気を支えていたのは差別ではない。ヘイトでもない。ポル・ポトやキュー・サムファン、イエン・サリなどオンカー(組織)の中枢たちが共有していたのは憎悪や悪意ではなく、誰もが平等な理想の社会への過剰な希求だった。半植民地主義的なナショナリズムと極端な毛沢東思想の融合。私有制を全否定する原始共産制の実現。

 その帰結として170万人(300万人という説もある)が虐殺され、カンボジアの人口はポル・ポトが政権の座にいた4年間で3分の1に減少したと言われている。他にも1000万人以上が殺害されたとする文化大革命や数百万人から数千万人が処刑されたスターリンの大粛清も、差別やヘイトを代入するだけでは現象を読み解けない。全体への奉仕。集団に埋没する個。一人称単数の主語の喪失。そうした補助線が重要だ。

 ただしポル・ポトは一人ではない。最高権力者であると同時にオンカーの一員だ。ヒトラーも一人ではない。毛沢東スターリンも同様だ。多くの忠実な幹部と支持する国民によって、ありえないほどの虐殺が現実となった。

 こうして一人ひとりが全体の意思に従おうとする過程で、上層部への過剰な忖度や状況への極端な馴致が潤滑油となって、組織共同体の負のメカニズムが発動する。二足歩行を始めると同時期に群れる生きものとなった人類の宿痾だ。オウムの過ちも、ここに生と死を転換する宗教の負のメカニズムが重なって、あれほどの事件が起きたと僕は思っている。

 でも植松は一人だ。最初から最後まで一人だった。究極の共産主義は、毛沢東スターリン、あるいは現在の北朝鮮を挙げるまでもなく、個人崇拝と独裁的な全体主義の顔も併せ持つ。だからこそ独裁的なトランプ大統領や強権的な安倍政権に、植松は強く共感した。差別意識ではないからこそ、意思疎通できるかできないかにこだわった。(第4章 精神鑑定)

 

松本~松本俊彦。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長 兼薬物依存症センターセンター長。

 




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