資本主義の象徴とも言えるニューヨークの市政を社会主義者が率いることになった。ゾーラン・マムダニ氏は「アメリカ民主的社会主義者」(DSA)という民主党左派のメンバーである。「民主社会主義者」を自称する34歳の元ラッパーが、アメリカ最大都市の市長選を制したことは、大きなニュースとなった。
1年前、マムダニ氏はまったくの無名で1%ほどの支持率にすぎなかった。だが、物価高が続くニュ-ヨ-ク市で「アフォーダビリティ(生活のしやすさ)」をスローガンに、「家賃値上げの凍結」「バスや保育の無償化」など生活に直結した政策を掲げ、富裕層や大企業への課税強化を訴えた。そして11月の市長選で、1969年以降では初めて100万票を超える得票で勝利を収めたのだ。
いや、それだけでない。翌週には、西海岸のシアトル市でも社会主義者を自称するケイティ・ウィルソン氏が現職の市長を破って当選した。ウォール街占拠運動、サンダース旋風という形で2010年代以降定期的に盛り上がりを見せるアメリカの「左傾化」は、ついに市長を生み出すまでに拡大している。
米国にある二つのうねり
現在のアメリカには、二つのうねりが存在する。トランプ大統領を支持するMAGA派は、移民排斥を掲げ、行き過ぎたPC(ポリティカル・コレクトネス=政治的正しさ)の是正を求める動きを打ち出す。一方、DSA派は、行き過ぎた資本主義の是正を訴え、社会主義を21世紀に復権させようとしている。
前者は、かつての製造業の中心地で衰退が目立つ「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」を中心とした労働者階級に支持基盤を見出し、後者は、学生ローンや低賃金・不安定雇用、家賃高騰に苦しむ大都市の若者たちを中心に支持を広げている。どちらも根底にあるのは、機能不全に陥っている資本主義に対する不満である。
そうした中で存在感を示せずにいるのが、民主党の執行部だ。労働者のための政治を行おうとしたバイデン元大統領を引きずり下ろして、代わりにカラマ・ハリス氏を擁立したものの無惨に負けた民主党は、いまだに立ち直れていない。彼らは、ジェンダーや人種の問題をめぐる行き過ぎた左傾化――「ウォーク(woke)」化――が問題だったという総括を行い、必死に中道としてのポジションを確立することで、トランプ大統領の右派ポピュリズムに対抗しようとしているのだ。そうした中で、自分たちの党内から社会主義を掲げる左派ポピュリズムが台頭して焦っている。
実際、今回のニューヨーク市長選でも、少なからぬ民主党の議員やその大口寄付者である富裕層は、元ニューヨーク州知事のアンドリュー・クオモ氏を――彼は6月の党内予備選でマムダニ氏にすでに一度敗北しているにもかかわらず――懲りずに支持して、巨額の寄付を行っていた。まるで、民主党は二つの党に分裂しているかのようである。
「極中道」に陥ったリベラル派のエリートがしたこと
民主党の分断の背景には、「エキストリーム・センター」(極中道)と呼ばれる態度がある。極中道は、政治における右や左といった偏りを「正義の暴走が分断を深める」「右も左もない」「批判ばかりではなく対案を」などと批判し、「偏り」を排除し、中道へと漂白する態度を指す。こうした態度が民主党ではまん延していて、マムダニ氏やDSAは相変わらず危険視されている。だがそれでは、民主党はいつまでたってもトランプ大統領に勝てない。
忘れてはならないのは、極中道に陥るリベラル派のエリートが資本主義批判やフェミニズム、反人種差別などを封じ込めることによって、現在のような新自由主義の格差社会をまん延させてしまったということである。そのことへの不満が、今まさに、右と左のポピュリズムとしてアメリカでは、噴出している。つまり、多様性を抑圧する方向に進む可能性をはらんだ「エキストリーム・センター」こそが、ファシズムへの道を開く。
にもかかわらず、ポピュリズムを「偏向」「過激化」と呼んで、自分たちには何の責任もないかのような態度を続けている。そして、マムダニ氏の改革に仲間がブレーキをかけようとしているのは何とも皮肉な話である。大衆は、エリート優先の政治に嫌気が差している以上、最終的にラディカルな左派の態度だけが、トランプ支持の労働者階級を味方にできる。この事実を民主党の執行部は認められるかが、今後の鍵となる。
日本の政治に見られる三つの深刻な問題
さて、このような状況は、日本にとってどのような含意を持つだろうか。日本でも今、「日本人ファースト」という自国(民)優先主義が急速な広がりをみせ、外国人嫌悪の空気感が高まっている。それは円安によるインフレやオーバーツーリズム、人口減少・高齢化に伴う移民増大、さらには、高市政権のもとでの日中関係の悪化といった多元的な要素によって、強化されている。
そのような流れに対抗するリベラル左派は依然として低迷している。ここでは三つの深刻な問題を指摘しておこう。一つは、立憲民主党に見られる「極中道」路線である。参政党の台頭や自民党の「右傾化」を前にして、野田佳彦代表の立憲民主党は、真の(保守)中道路線を打ち出して、支持を集めようとしている。だが、「リベラル」的な石破茂元首相の支持率が低迷して、高市政権が誕生したことからもわかるように、このような「エキストリーム・センター」路線には、現状の苦難を打破する力はない。これでは立憲民主党は、米国民主党と同じ道をたどることになるだろう。
第二の問題は、立憲民主党に対抗する勢力が、消費税廃止と積極財政に代表される「減税ポピュリズム」に陥っていることだ。DSAの左派ポピュリズムと日本の減税ポピュリズムの違いは、「社会主義」の理念に依拠する再分配政策強化の有無が大きい。富裕層や大企業への課税を訴える力が十分にないままに、物価高に対処しようとすれば、それは、富裕層にも有利な減税政策にならざるを得らない。これも結局、資本主義に挑むことのない「エキストリーム・センター」の帰結である。
この減税主義から生じる第三の帰結は、フェミニズムや反差別、脱炭素など経済外の問題についての消極的姿勢である。人種やジェンダー、環境といった視点を包括した左派ポピュリズムの政治改革のビジョンは日本に存在しない。こうした状況下では、経済対策という名のもとで日本人優先の政策が掲げられ、パイの奪い合いのもとで、容易に反外国人や反ESG(環境・社会・企業統治)のような反動的な運動に取り込まれてしまう。
日本の停滞を打破するためには
以上のように、現在の日本の停滞を打破するためには、より抜本的な改革に向けた新しいビジョンが求められている。私はそれを「左派ポピュリズム」と呼びたい。国民が改革を強く求めていることは、高市政権への高い支持率からもわかる。リベラル左派の低迷という問題は、現在の資本主義が引き起こす複合危機に対する、より包摂的な対抗ビジョンが存在しないことに起因する。その意味でも、依然として、日本がアメリカから学ぶべき点は多いのだ。
もちろん、マムダニ新市長が今後直面するであろう改革の困難さの度合いは、あまりにも大きい。しかし、そうであったとしても、今回の流れは2026年の中間選挙に影響を与える。DSAがどこまで広がるか、注目をするべきである。
万が一このままの流れが続けば、2028年、あるいは2032年には、DSAから大統領候補が出てくる可能性もある。たとえば、富裕層への所得税率引き上げや大学授業料の無償化などを掲げる社会主義の政治家、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏(現民主党下院議員)になるという未来を夢想したくもなる。
(2025年12月3日掲載)