安倍元首相銃撃事件 第10回公判 2025/11/20
安倍元首相銃撃 裁判 被告「このような結果 迷惑かけている」
2025年11月20日 NHK
===被告人質問 主な内容===
“生きているべきではなかった”
(弁護士)今いくつですか。(山上被告)45歳です。
(弁護士)自分が45歳まで生きると思っていましたか。
(山上被告)いや、生きているべきではなかったと思います。
(弁護士)なぜそう思うのですか。
(山上被告)このような結果になってしまい、大変ご迷惑をかけているので。
“相変わらずだな”母親の証人尋問に
(弁護士)母親が実際に証言したことを聞いてどう思いましたか。(山上被告)「相変わらずだな」と思いました。非常にマイペースというか。
(弁護士)証言したこと自体はどう思いますか。
(山上被告)非常につらい立場に立たせてしまったと思います。
(弁護士)なぜですか。
(山上被告)母の信仰を理由とした事件を起こしたことに、その責任を母も感じるところがあるのではないかと思います。
(弁護士)どんな母親でしたか。
(山上被告)基本的には悪い人間ではないですが、統一教会に関することは、理解しがたい面が多々ありました。
(弁護士)母が統一教会に入信したことについてはどう思いましたか。
(山上被告)あれほど多額の献金さえなければ、それでよかったと思います。
母親の献金で祖父が包丁持ち出すことも
(弁護士)中学2年生で母親の統一教会への入信がわかりましたね。わかったきっかけは。(山上被告)祖父から聞いた話だと、母が不動産を無断で売ろうとして祖父に連絡があり、祖父が母を問い詰めたら、「教会に献金しないといけない」と言っていたと聞きました。
(弁護士)母親の入信についてどう思いましたか。母親に脱会を勧めたり、説得したりすることはありましたか。
(山上被告)母が韓国に行くと、そのようなことをかなり強く言っていたような記憶があります。家族会議のような場で祖父が母に信仰をやめるように言いました。
母は祖父を説得するような人なので、最終的に、祖父が母を「いま、ここで殺害して死ぬ」と、包丁を持ち出すこともありました。
(弁護士)それをどう思いましたか。
(山上被告)どうしていいかわからないのが正直なところでした。
(弁護士)祖父は母親にどんなことをしていましたか。
(山上被告)母が家に帰っても入れないように家の鍵を閉め、「これから母親抜きでやっていく」と言われたこともありました。
(弁護士)祖父が母親を閉め出したとき、被告はどうしましたか。
(山上被告)暗くなってから、何かの拍子で玄関のドアの近くにいると、母がドアをノックして「開けてくれ」と何度も言うので、つい開けてしまったことはありました。
“偽物の日常が続くという浮ついた感覚”
(弁護士)入信したことが分かったあとの生活はどうでしたか。(山上被告)それまでの自分とは人生観というか、考え方が根本的に変わったような気がしました。
(弁護士)裁判の前に取り調べがあって、そこで被告は「毎日学校に行き、偽物の日常が続いていくという浮ついた感覚」と話していましたが、どんな感覚ですか。
(山上被告)その中途半端な、何らかの手続きなり何かを取ってくれれば、その方が悩まずに済むなと思っていました。
(弁護士)具体的には?
(山上被告)親せき宅に引き取ってもらうなり、施設に入れてもらうなり。ただ親せきにも自分たちと変わらない年の子どもがいるので、現実的にはしかたないと思います。
“高校の卒業アルバム 将来の夢は石ころ”
(弁護士)進学した高校はどんな学校でしたか。(山上被告)公立の進学校です。
(弁護士)部活動は何をしていましたか。
(山上被告)応援団に入部していました。
(弁護士)どうして応援団に入ったのですか。
(山上被告)もともと中学時代にバスケをしていたときも、体育会独特の応援があり、練習中に「かけ声を出せ」と言われると自分は真面目に出す方で、リーダーのようなものを任されるようなこともありましたので。
そのほかには、非常に上下関係があり、理不尽なことに忍耐する訓練になるのではないかと思って入部したのもあります。
(弁護士)理不尽なことに忍耐する必要があると思ったのはなぜですか。
(山上被告)自分の置かれている家庭環境などが理不尽だと思ったからです。
(弁護士)進学校で、他の生徒との違いをどう感じていましたか。
(山上被告)それなりに勉強ができる家庭の子弟がほとんどです。自分だけ突然、中学2年生の時に変わってしまったままで、周りと違うなとも思っていました。
(弁護士)学年が上がると周囲は受験勉強をするが、自身はどうでしたか。
(山上被告)高校3年生まではあまり引け目を感じていませんでしたが、受験が迫ってくると、それまでの差を感じました。
(弁護士)卒業アルバムに将来の夢を何と書いたか覚えていますか。
(山上被告)石ころと書いたのを覚えています。
(弁護士)どうしてそう書いたのですか。
(山上被告)ろくなことがないだろうという思いです。
(弁護士)2002年8月に自衛隊に入隊しましたね。なぜ自衛隊に入ったのですか。
(山上被告)いくつかの自治体の消防士の試験を受けたのですが受からず、「どうしようか」と思っているところに自衛隊の募集があると知って、自衛隊の中にも消防士に似た職種があると聞いて応募しました。
母の勧めで教会施設へ通う
(弁護士)高校時代、統一教会関連の活動に行きましたか。(山上被告)奈良市内にある教会の施設に教会関係者と1泊2日のセミナーを見に行った記憶があります。
(弁護士)なぜですか。
(山上被告)母親の勧めだったと思います。
(弁護士)行かないと反抗したことは。
(山上被告)非常にしつこく勧められると断りきれませんでした。
(弁護士)教会についてどう思っていましたか。
(山上被告)よくわからないというのが正直なところでした。
(弁護士)被告はマインドコントロールをされていましたか。
(山上被告)何が教会の教義によるマインドコントロールで、何が母としてのものなのかがよくわからないので当時は分かりませんでしたが、応援団で考えていたことが教義に似ているなと思うことがあります。
(弁護士)1999年6月に2週間ほどお母さんと一緒に韓国に行っていますね。なぜ一緒に行ったのですか。
(山上被告)母の強い勧めがあり断りきれなかったということだと思います。
(弁護士)現地でどのように思っていましたか。
(山上被告)そこにいた人たちは非常に屈託なくそういうことをしていたので、うちのような、トラブルでめちゃくちゃというところばかりではないんだなと思いました。
(弁護士)帰ってきたあと、教会に関わりのある施設に行ったりしましたか。
(山上被告)大阪にある、ビデオセンターのようなところに行くことを勧められて通っていたことがありました。母や、当時実家に出入りしていた母の信仰仲間から、強い勧めがありました。
(弁護士)どのくらいの期間通っていましたか。
(山上被告)何か月かは通っていたと思います。統一教会の教義の解説をするビデオを見て、感想を話し合うということをしていました。
(弁護士)教義を学んでどう思いましたか。
(山上被告)よくできているなとは思いました。
(弁護士)どうして入信しなかったのですか。
(山上被告)母がやっていることを知っていたので、入ろうとは思いませんでした。
“自分が期待に応えず、母は挫折した”
(弁護士)母親からの経済的支援の依頼に応じたことはありますか。(山上被告)最初の頃は応じたことがあります。
(弁護士)どんな状況でしたか。
(山上被告)海上勤務で海に出ていれば電話はつながらなかったが、陸にいると断っても何度も母から電話がかかってきました。着信拒否した時期もありました。
(弁護士)母親が破産した時にどう思いましたか。
(山上被告)母はもともと世間体を気にするので、破産したこと自体は、母もショックを受けていました。
統一教会の教義に照らしても、「神のため献金をしていれば最後は救われる、破綻することはない」と思っていたのが、裏切られたという事実。破産したということはショックを受けていたと思います。
自分が期待に応えず、母は、宗教上挫折し、経済的にも挫折したのだと思います。
被告人質問は今後、11月25日と12月2、3、4日の4回行われ、事件の詳しいいきさつや動機がどこまで明らかになるかが焦点です。