血脈めぐる「国宝」と自民総裁選◆ノンフィクション作家・石井妙子
2025年09月29日 時事通信
映画「国宝」が公開から話題をさらい、観客動員数を伸ばし続けている。
極道の父が殺されて歌舞伎役者の家に引き取られた少年と、その家の跡取り息子である御曹司の少年。二人が切磋琢磨(せっさたくま)してさまざまな困難を乗り越え、歌舞伎役者として大成していくまでを描いている。
美しい映像に魅了されたが、ひとつだけ気になることがあった。作中における「血」の描かれ方だ。親から血を受け継ぐものには生まれながらに才能が備わっている、歌舞伎役者とは代々、実子によって受け継がれるものだと血脈が強調されていた。
確かに現在では、親から実子へと芸名が継承されている。だが、これは近代以降、とりわけ戦後に定着したことで、決して江戸時代から続く伝統ではない。「尾上菊五郎」も「松本幸四郎」も天皇家のように血筋によって受け継がれてきたのではなく、芸あるものが、その芸名を継承するというのが本来の姿だった。
市民感覚と異なる政治家のカネ
ひるがえって政治の世界でも、昨今は世襲が横行している。今では2世、3世が当たり前となり、まるで政治家を親に持てば、子どもは跡取りとなることが宿命であるかに語られている。だが、これも戦後、とりわけ平成以降に顕著となった現象である。
昭和の総理大臣として、頭に浮かぶ顔がある。田中角栄、福田赳夫、大平正芳、中曽根康弘・・・・・・。彼らは誰ひとり世襲議員ではなかったが、その後、自分の後継者に息子や親族を立てた。その結果、世襲議員だらけという状況が平成以降に生まれた。自民党が与党であった期間の総理大臣はゆえに平成から、ほぼ世襲議員によって占められている。
世襲議員は親から俗に言うところの「地盤」「看板」「カバン」を苦労せずに受け継いでいる。「地盤」とは文字通り地元選挙区のことであり、後援会も含まれる。「看板」とは親と同じ姓を引き継ぐことから生まれる利点や知名度。そして「カバン」とは親から引き継いだ政治資金や企業や団体からの経済的支援を指す。さらに、親が政治団体を持っていれば、資金は相続問題を回避して政治家となった子どもの政治団体に引き継ぐことも可能だ。
この数年、自民党は裏金問題で批判され、大きなダメージを受けた。
派閥が資金稼ぎのためにパーティーを開き、その収益の一部が、ノルマを超えてパーティー券を売り上げた所属議員に還元されていたという。派閥としてパーティー券の売り上げを政治資金として記載しなかったことから組織的な裏金作りだと批判され、資金を受け取った議員は「裏金議員」と糾弾された。しかし、1000万円以上の裏金があった議員23名のうち、世襲議員はわずか3名。中身があふれるほどの「カバン」を持つ世襲議員に、そんなことをする必要はないからだ。
「政治と金」という点から考えるのならばパーティー券のキックバックという一点だけでなく、この「カバン」にも目を向けなくては根源的な解決にはならない。親から相続税も贈与税もかからない仕組みで流れる金額のほうが、はるかに多額だ。大きな「カバン」を持つ議員が裏金議員を批判するという構図はどこか滑稽である。
それにも関連するが、政治家の資産公開も国民をバカにしている。「資産ゼロ」と臆面もなく申告する議員がたくさんいる。聞けば「資産」の中に普通預金は含まれず、家や預貯金も政治団体名義になっていれば、本人の資産にはならないからだという。
そんな特権を持つ政治家から「老後2000万円問題」に絡めて、「2000万円を貯めなさい」と言われても、「資産ゼロ」の国会議員はどうなのだと嫌味を言いたくなるばかりだ。
世襲政治家と知名度で勝負する対抗馬
現在、自民党の総裁選が行われており、小泉進次郎が有力視されている。彼も「資産ゼロ」と答えたひとりであった。
小泉は曾祖父の代から数えて4代目になる世襲政治家だ。親の七光りどころではない。4代にわたる父祖から「地盤」「看板」「カバン」の三バンを受け継いでいる。もちろん、それだけの理由で今の立場を築いたわけではないだろう。だが、三バンを引き継がず、また総理大臣の親を持たなかったならば、重要閣僚の経験すら無く、能力があるかもわからない状態の彼が、44歳で総裁候補となることが可能であったろうか。
日本中に閉塞感が漂っている。小泉の同世代は就職氷河期を経験し、今、中年期に差しかかっている。努力しても報われないという思いが蔓延(まんえん)する中で、世襲議員である小泉の言葉がどれだけ説得力を持って同世代の人びとに、そして世代を超えた国民に響くのだろうか。
選挙に強い世襲政治家に打ち勝つことは並大抵のことではない。対抗馬となりうる人は自ずと知名度で勝負することになる。そのため世襲政治家の増加に伴い、非世襲政治家の質も自ずと変わった。テレビで顔を売った発信力のある人たちが政界入りするという、これまでにない新しい流れが平成時代から生まれた。テレビで人気を博した人、テレビ受けする見栄えや話し方のできる人が好まれ、政党もこぞって彼らを選挙に立てた。小池百合子、蓮舫・・・・・・。総裁選に出馬した高市早苗もその一人だ。蓮舫とともに民放の情報番組でアシスタントやキャスターをしていた。
自民党が佐川急便事件など「政治と金」の問題で大きく支持率を落とす中、高市は政治家に転身し反自民党を訴え、当時は新党さきがけに近い立場で活動して会派「リベラルズ」に所属した。その後、小沢一郎が作り上げた新進党に参加したが、いつのまにか自民党に移っていった。第2次安倍政権で重用されたことから、現在では自民党の顔として「岩盤保守」の代表者のように振る舞うが、決して生粋の自民党議員ではない。信念に基づくというよりも、その時々の世間のトレンドに乗って政治スタンスを変えているように感じる。
今の日本は国内外に課題が山積している。しかし、今回の総裁選の様子を見ていても、各々、票集めに徹して内向きであり、日本の舵取りをする覚悟や緊張感は伝わってこない。
このような政治状況を作った責任はメディアにもある。競馬の予想のような政局報道ばかりを繰り返す。どこに行った、何を食べた、趣味は何だと伝えるだけならば、ただの広報でしかない。政治家の表向きの「人柄」ではなく、理念や掲げる政策の内容や実績をもっと深く伝えて欲しい。そうでなければ有権者は正しい判断を下せない。そして、政党には人材育成にもっと真剣に取り組んで欲しい。能力のある人間を発掘し、人材として育て、政権を担うのが、本来の政党の姿であろう。今回の総裁選は衰退する日本そのものを映しているようで、そこに明るい希望を見いだすことは難しい。(敬称略)2025年9月29日掲載