韓国「非常戒厳」の背景にあった、メディア弾圧。自宅を捜査、「死刑に値する」と糾弾された記者たちが見たもの
「資本と権力からの独立」を掲げるメディア、ニュース打破(タパ)が制作したドキュメンタリー映画「非常戒厳前夜」。監督を務めた記者は、「尹錫悦という人間の本質を知ってほしい」と語った。大統領への名誉毀損の容疑で、メディアのオフィスや記者個人の自宅が、検察の家宅捜査を受けた──。これは、韓国の非営利独立系メディア「ニュース打破(タパ)」の記者たちが、2023年に実際に経験したことだ。
9月6日より公開中のドキュメンタリー映画「非常戒厳前夜」は、尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領が非常戒厳の宣布に至るまでに行ってきたメディアへの弾圧を、その最たる標的となったタパが当事者の視点で記録してきた作品だ。
尹氏はなぜ、非常戒厳という強権的措置をとったのか。日本公開にあわせて来日した、タパの記者でもある金鎔鎮(キム・ヨンジン)監督は、先行試写会で「尹錫悦という人間の本質を知ってほしい」と語った。
「資本と権力からの独立」を掲げるタパ
ニュースタパは、政権に批判的な報道を行うなどして取材現場を追われ、伝統的なマスメディアから離れたジャーナリストたちが、2013年に立ち上げた調査報道専門メディアだ。
「資本と権力からの独立」を掲げ、企業広告に頼らず市民からの支援で運営。会員は現在6万2000人で、任意の会費は1人あたり月平均1万5000ウォン(約1600円)だという。
25年2月までタパの代表で、現在は現場記者に復帰した金監督は、もともとは公共放送局KBSに務めていた。監督を務めたタパの金鎔鎮記者 (C)KCIJ-Newstapa韓国が民主化した1987年にKBSに入社し、地上波唯一のメディア批評番組「メディアフォーカス」の責任者や、調査報道のチーム長などを歴任した。
「大規模な人事が起こり、メディア批評番組や調査報道は事実上解体されました。私は地方支局に異動になりましたが、国民が払う受信料を無駄にしているという自責の念にかられ、ニュースタパを立ち上げ、調査報道を続けることにしました」
タパはYouTubeでニュースを発信するほか、ドキュメンタリーの制作や本の出版も行っている。李明博政権や、その後の朴槿恵(パク・クネ)政権によるメディア介入や言論弾圧、癒着の実態は、2017年公開のドキュメンタリー「共犯者たち」でも明らかにし、大きな反響を呼んだ。
「死刑に値する反逆者」と糾弾されこのことで、「タパはフェイクニュースを流した」として、尹氏が大統領に就任した後、タパの事務所、そして記者2人の自宅までもが検察の家宅捜査を受けた。金監督らは、尹氏に対する名誉毀損罪で起訴され、今も公判が続いている。
検察の家宅捜査を受けるタパのオフィス (C)KCIJ-Newstapa捜査の間もタパはカメラを回し続けた。「非常戒厳前夜」は、その緊迫した一部始終をとらえる。タパのオフィスの入口で、踏み込もうとする検察と、プラカードを持って抗議する記者らが対峙する。自宅にも検察の捜査が及んだ時、ある記者は子どもを学校に送り届けようとしている最中だった。金監督は、「権力を批判してきたジャーナリストが、魂を奪われる経験だった」と話す。
「私たちはこれまでも家宅捜査を取材してきましたが、それは検察の立場からでした。『検察が悪いやつをこらしめている』という感じですね。しかし、いざ自分が捜査の対象になると、この(家宅捜査の)制度がいかに問題が多いか、その深刻さに気づきました。検察の無限の権力がそこにあると思いました。
映画には、記者たちが辱めを受けた心境もとらえています。捜査で携帯電話も押収されました。携帯には人生のすべてが詰まっていますよね。消したデータも復元され、狭い検察官室でそれを一緒に見る。家宅捜査から2年が経ちますが、私の携帯は今も戻ってきていません」
自宅まで捜査が及んだタパの記者。身体検査も受けた (C)KCIJ-Newstapaタパへの攻撃は強まり、国会では議員から「死刑に値する反逆者」と激しく糾弾された。自宅の捜査を受けた韓相眞(ハン・サンジン)記者は、映画の中で当時を振り返り「バカバカしく、情けなかった」と強い憤りを口にする。取り調べで400を超える質問を受けたが、「多くが陰謀論めいたものだった」と話す。
「メディアが商業主義に閉ざされていくのなら」
「非常戒厳前夜」には、タパの記者が捜査のために検察に出頭した時、待ち構えていた他社の記者に囲まれ、「心境」を聞かれる場面がある。金監督は「取り調べ日和ですね」とあえてとぼけたあとに、「本来ここに立つべきは誰だと思いますか?」と切り返す。記者たちの沈黙が続く中で、金監督は、尹氏の妻である金建希(キム・ゴンヒ)氏の名前を挙げる。
検察に出頭した際に待ち構えていた記者たちに囲まれ、「本来ここに立つべきは誰だと思いますか?」と聞く金監督 (C)KCIJ-Newstapaこれは、尹氏が非常戒厳を宣布する数カ月前の出来事。金建希氏はこの8月、株価操作や収賄などの疑いで逮捕された。尹氏も7月に再逮捕、収監されており、大統領経験者と配偶者がそろって拘束されるのは史上初のことだ。
韓国では、政権によるメディア弾圧が繰り返され、市民の間で長年メディア不信が強まっていると言われている。金監督は今の韓国のジャーナリズムについて、こう問いかける。
「ジャーナリズムとは調査して検証すること。タパが『調査』を強調するのは、今のメディアはその本来の役割を担えていないからです。捨てた、諦めた、あるいは周囲の圧力によってそれができていない状況があります。大きな惨事はある日突然起こるのではなく、たまりにたまって、きっかけを経てある瞬間に爆発します。セウォル号沈没事故もそうです。セウォル号は、もともとは日本で使われていた船舶を輸入・改造した旅客船でした。改造で重点の位置が変わってしまった。しっかり審査されたものなのか検証し、問題提起し続けるべきだったが、それをしたメディアはありませんでした。異常信号が出ている時、私たちメディアが警鐘を鳴らさなければいけませんが、それができていませんでした」
今後の目標は、タパのみならず、支援を通じて「新たな独立系メディアの生態系を作る」ことだ。
「メディアが商業主義に閉ざされていくのなら、それを乗り越えられるメディアを作るのが、今後10年のタパの計画です」
「尹氏を見る韓国市民の視線を共有したい」
タパの記者たちの追及に答えなかった尹前大統領 (C)KCIJ-Newstapa
「非常戒厳前夜」では、「突然」と思われた非常戒厳の発令に至るまでの尹氏の言論弾圧や不正疑惑、その思惑が少しずつ露わになっていく。
こうした尹氏の権力を行使した「暴走」は、非常戒厳の宣布以前、日本ではほとんど報じられてこなかった。むしろ「日韓関係を改善させた」として好意的に評価するメディアが多かった。金監督は、日本のメディアに対し、こうも訴えた。
「日本で韓国の状況がしっかりと報じられていたでしょうか。内乱を起こした尹氏の罷免を市民が求めるのは当然のことです。非常戒厳の宣布後、罷免を求めるデモが大きくなりました。罷免反対のデモもありましたが、一部の極右、宗教団体によるものです。それを、50-50と報道するのならまだよく、罷免反対を市民の主な意見と報じる日本のメディアがあることは、非常に危険だと思いました。日韓の市民は、ニュースを通じて互いに理解しあわなきゃいけない。それなのに、マスコミを通じて歪曲されるのは危険なことです。本作を通じて、韓国の現状、尹錫悦という人間の本質、そして尹氏を見る韓国市民の視線を、共有できればと思います」
(取材・文=若田悠希/ハフポスト日本版)





