華やかで自由な街、官能的欲望の渦巻く街
2025/5/5
今日の朝ドラは、1937年(昭和12年)の銀座から始まった。
東京の美術学校に合格した嵩は銀座に行く。街の建物や人々の華やかさに圧倒される。
東京はとてもいいところだ、ここには自由がある、と手紙をのぶに送る。
今日の朝ドラから5年前の1932年、血盟団事件が起きている。
テロリスト小沼正は、前大蔵大臣井上準之助を射殺した。
小沼正は血盟団事件の6年前、銀座に働きに出ていた。
以下には、銀座に絶望した青年、小沼正の気持ちが書かれている。
憧れの東京生活は、過酷だった。そして、驚くことの連続だった。
扇亀が扱う着物は、美術京染物が中心だった。そのため、商品は高価なものが多かった。
〈田舎に比べて、東京の人というのはなんとぜいたくなんだろうと、ただもうあきれるほかはなかった〉
扇亀の客は「山の手の中流以上の家庭」と「新橋や築地などの花柳街」、そして「当時全盛をきわめていたカフェーの女給たち」がほとんどだった。そのため彼は、仕事を通じて銀座の裏社会の現実を目の当たりにすることとなった。
銀座の表の顔は華やかだった。銀座を歩く人たちは「ウィンドウの飾りの賑か」さに昂揚し、「貧乏なことを忘れて裕福になったやうな感じ」になった。しかし、銀座の街は「聞いて極楽、見て地獄」の世界だった。
時代は「エロ思想旺盛時代」だった。そして、銀座は「エロ、グロの具象化された所」だった。街にはカフェが立ち並び、人々の欲望が渦巻いていた。「不良女給」と呼ばれる女性たちは公然と売春を行い、性的サービスを提供した。初心な女給は「不良コック」に巧みに誘惑され、「エロ、グロ」の世界に入っていった。営業主は、女給を商品として扱い、男たちの欲望を金に換えていった。
扇亀の数軒隣の出版社では、あるとき労働争議が起こった。すると、間もなく警察がやってきて赤旗を押し立てる若い労働者ともみ合い、「あっという間に幾人かが検挙されていった」。彼はここでも、東京の下層社会の現実を目の当たりにし、絶望感に苛まれた。「銀座は言わば、華やかな陰に爛れてゆく日本の縮図でもあった」。
小沼は、銀座での生活に嫌気が差した。華やかな世界の陰で、弱者が苦境に陥っていた。金持ちたちは官能的欲望をむき出しにして、不道徳感がはびこっていた。地方から出てきた女性は金で身体を買われ、下層労働者は過酷な労働への異議申し立てをすると警察に検挙された。そして、自分は夜学に通わせて貰えず、朝から晩までこき使われた。
小沼は、約一年の銀座生活にピリオドを打ち、扇亀を辞めて実家に戻った。
(中島岳志 『血盟団事件』)