米国民の所得税をゼロにしようとするトランプの「常識の革命」
フーテン老人世直し録(796)
卯月某日
ドナルド・トランプ米大統領は貿易相手国に同程度の関税を課す「相互関税」を予告していたが、日本時間の4月3日午前5時にその詳細を発表した。発表によれば、米国は9日から中国に34%、インドに26%、韓国に25%、日本に24%、EUに20%など高い関税率を課すという。
トランプは発表に際し「これまで世界中から略奪されてきた米国は貿易赤字から解放される」として、この日を「米国解放の日」と命名した。ところが市場は世界が深刻な不況に陥ると反応し、世界同時株安が起きた。
メディアは「自由貿易体制の危機」として一斉にトランプ批判を始めた。保護貿易やブロック経済が第二次世界大戦の一因になった反省から、48年に米国が主導して「GATT(関税および貿易に関する一般協定)」を作り、それが90年代に「WTO(世界貿易機関)」に引き継がれたのに、トランプは第二次世界大戦後の国際秩序を破壊するという批判である。
トランプが第二次大戦後の国際秩序を破壊しようとしているのはその通りだが、「自由貿易が善で、保護貿易が悪」という二項対立的な見方をされると、フーテンは眉に唾をつけたくなる。また「トランプはバカだから、こんなバカな政策をやる。そのバカを大統領に選んだ国民が痛みを感ずれば、バカに気付いてやめるだろう」と解説する識者もいる。
しかしこれは「悪魔のようなプーチンがロシア帝国の復活を目論んで無力のウクライナを侵略した」という論説とよく似ていて、問題を個人の資質に矮小化し、物事の本質を見ない底の浅い議論である。メディアや有識者が横並びでそれを言い出す風潮は恐ろしい。
かつて日米貿易戦争を取材したフーテンは、日本が自由貿易の推進者であるかのごとく主張することに恥ずかしさを覚える。戦後の焼け野原から出発した日本は、経済的豊かさを求めてなりふり構わず突き進んだ過去があるからだ。
「米国に軍事で負けたが外交で勝つ」が口癖の吉田茂は、金のかかることをすべて米国にやらせた。食糧難で餓死者が出ても米国が救済に乗り出すまで日本政府は何もやらない。憲法9条で軍隊を持たないのも、国民には平和のためだと騙したが、本当は金のかかることを米国にやらせるためだった。そして日本は朝鮮戦争に便乗し、武器弾薬を作って戦争で大儲けし、工業国の基礎を築いた。
工業国となった日本は輸出主導で金を稼ぐ。日本の総理大臣は海外から政治家としてより「セールスマン」とみなされ、日本メーカーは安売りとダンピングで外国の市場シェアを奪っていった。太刀打ちできない外国メーカーは倒産し、日本は「失業を輸出している」と世界中から非難された。
それが米国北西部にラストベルト(さび付いた工業地帯)と呼ばれる地域を作り出す。そこで生まれ育ったのが副大統領になったJ・D・バンスである。白人の製造業労働者がどれほどみじめな生活を送ったかを『ヒルビリー・エレジー』という本に書いている。
米国の製造業を見捨てたのは民主党のクリントン政権だ。クリントンは日本との貿易戦争に勝つためにIT革命を起こし、米国産業を情報と金融に特化する一方、中国を「世界の工場」にして製造業を中国に移し、日本との競争を制して対日貿易赤字を解消した。
一般的に経済力の強い国は自由貿易を採用する。しかし弱い国は自国産業を保護しなければ強い国に勝てない。自由貿易が国際ルールであるから、弱い国は目に見えない障壁を作る知恵が必要になる。日米貿易戦争はその戦いだった。日本は巧妙に障壁を作り、自由貿易の恩恵を最大限に利用した。
米国の貿易交渉担当者は日本経済を「まるでジャングル」と言った。政権交代のない政治と強力な官僚機構と財界とが一体となって経済を推進するが、その関係は複雑に絡み合い、米国の自由放任主義の資本主義システムと異なる。それを変えさせない限り交渉しても太刀打ちできない。
クリントン政権以来、米国政府は日本に「年次改革要望書」を突きつけて、日本型資本主義の解体を迫った。ところが日本に対抗させる目的で国際経済に招き入れた中国が急速に経済力を上向かせ、凋落する日本に代わり米国を凌ぐ勢いになった。
しかも日本より手ごわいのは、軍事力と先端技術に力を入れ、米国経済を抜くことが確実視されていることだ。防衛を米国に委ねた日本には自立できない弱みがあり、最後は言うことを聞かせることができるが、中国にはそれができない。しかも中国は日本と同じ政権交代のない政治と強力な官僚機構と経済界が一体化している。
リベラル・デモクラシーを掲げる米民主党は、中国を経済的に豊かにすれば民主化されると甘く見ていた。しかし現実はそれとは逆で、中国共産党に支配される全体主義体制は、個人がバラバラの民主主義体制より先端技術の進歩を促進する。
3か月ごとの企業決算で浮き沈みする米国より、100年先を見通して計画を立てる中国の将来性にトランプは気付いた。中国は建国100周年の2049年に米国を追い抜く目標を持っている。それに対抗するには同じように100年単位の「夢」を打ち立てる必要がある。
2期目の就任演説でトランプは「常識の革命」を打ち出したが、彼が夢見るのは連邦政府が国民から税金を取らなかった時代の復活である。米国で恒久的な個人所得税が導入されたのはおよそ100年前の1913年だ。それまで連邦政府の経費は関税と酒とたばこの物品税で賄われ、米国は建国してから150年間も国民から所得税を取らなかった。
その基礎となるのは保護貿易である。米国は英国と戦争して独立を勝ち取ったが、当時の英国は産業革命による強力な経済力で世界を支配する自由貿易国家だった。米国から見れば自由貿易は英国の「独占」を意味する。「独占」を打ち破るため米国は英国の製造品に高関税を課して対抗した。
初代財務長官のアレキサンダー・ハミルトンは議会に「製造業に関する報告書」を提出し、英国の工業製品の流入を抑え、補助金や税制で製造業を育成する政策を主張した。この考えは南部の農業州の考えと対立する。南部では黒人奴隷の輸入と農作物を欧州に輸出する必要から自由貿易を是としていた。
その対立が南北戦争につながるが、ハミルトンの考えは第5代大統領ジェームズ・モンローや第25代大統領ウィリアム・マッキンリーに受け継がれた。そしてトランプはこの2人の大統領の影響を強く受けているのである。
モンロー大統領は「モンロー主義」で有名だが、その思想は「米国は欧州の戦争に介入しない。その代わり欧州も米国大陸には介入するな」というものだ。つまり米国の縄張り宣言である。トランプがウクライナ戦争から手を引き、一方でパナマ運河に中国が関与することを嫌い、カナダやメキシコを格下扱いするのはそのためだ。
マッキンリー大統領はそれまで20%台だった関税を平均で50%に引き上げた。そしてモンロー主義の伝統に従い西半球での米国の覇権を確立した。南米大陸を植民地支配していたスペインと戦争し、カリブ海と太平洋のスペイン植民地を獲得したのである。
トランプが「偉大な米国」と考えているのは、高関税で政府経費を賄い、国民から税金を取らず、西半球で米国の覇権を確立したマッキンリー大統領の時代ではないかとフーテンは考える。