忘却にあらがう
中国新聞 2025/3/11
芥川賞作家吉村萬壱さんが小説「ボラード病」で描いたのは、災厄後を思わせる近未来の世界である。舞台は避難先から住民が戻り、復興が始まった町。学校では「結び合い」を合言葉に協調や連帯が強いられ、子どもたちは地元賛歌を唱和する▲住民は互いを監視し、復興に都合の悪いことは、なかったことに。漂う不穏な空気に違和感を表明しようものなら病人か犯罪者扱いされ、消されていく。戦前の全体主義や現代社会を覆う同調圧力への風刺にも読める▲そんな世界は、どうか物語の中だけであってほしい。福島第1原発事故を招いた東日本大震災の発生からきょうで14年。今なお古里を奪われたままの人、心に深い傷を抱える人があまたいる▲歳月は他者の痛みへの共感をも風化させてしまうのだろうか。原発事故の責任をうやむやに、政府は新たなエネルギー基本計画で推進にかじを切る。先日公表された地方紙による調査では原発容認が半数を超えていた▲14年前、私たちは見えない放射線におののき、被災者の実情に胸を痛めた。原発に依存してきた暮らしを省み、真剣に考えた。せめて節目の日に思い起こし心に刻もう。それが忘却にあらがう力になる。