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ささやかでも一人一人の意志というものを大事にして生きて行きたい  澤地久枝

澤地久枝さんの言葉

 

「私は人生で教師になる事は絶対やらないという事を、小学校4年生の時に決心をした人間です。89年の人生で一つだけ沖縄で例外がありますけれども、3ヶ月。でもその他には教師にならない事を、自分の生きる方針として生きて来ました」
「それは、先ず子ども達に何を最初に教えなければいけないかといったら、人生で嘘をついてはいけないという事だと思います。真実というものが、どんなに大事なものであるかという事を、子ども達にしっかりと教える事が教師の最初の役目だと思うんです」
「しかしもう〜この国の総理は、嘘八百と言いますけども。億と言っても良い位嘘ばっかりついていて、国会の中でも質問に対して絶対にストレートにそれは答えない。こんな人はね、先ず人間として私は的確ではないだろうと思っております」
「安倍さんの事を言い出すと止まりませんからこれ位の事として。私は1月25日の福岡でありました『中村哲先生を送る会』というのに行きました。これはもう超満員で、二つ目の会場も満員で人が溢れ返っていました」
「これだけの人が、中村先生のやった事を見守っていた。それから亡くなられた事を悲しんでいるという事をしみじみ思いました。誰とも話をしないで日帰りで帰って来ました」
「〜アフガニスタンの人達は、日本は平和憲法を持っていて立派じゃないかと。だから日本は良いという事で、それで中村先生の命が守られるという事があった。しかし次第次第に時間が経つ毎に、この国はそうは言えないような状態になって来た」
アフガニスタンの人達も、日本はおかしいと思うようになってきましたし。中村先生も、救援の為の車のボディにジャパンという文字と、それから日の丸を書いていたけれども、それを消さなければならないという事態になった」
「先生が行かれてから最初の時は、ソビエト軍がいましたし、ずっと戦禍から免れる事のないアフガニスタンで、先生は日常的に弾が飛んで来るような中で、いつ命が奪われるか分からないという事を覚悟の上で生きていらしたと私は思います」
「そして残念な事に、あ〜ゆう事になりました。先生はお子さんを癌で亡くされた時から、いずれはこの日が来るという事を覚悟していらっしゃっただろうと思います」
「でも先生が亡くなられたという事は、非常に痛手です。それはアベ政治は酷い。それから日本の憲法を変えてどうなるのか?憲法はせめて守らなければならないという時に、実際に身体を張って行為してる人として、『全くそうだ』という事が言える人。そういう人だったですね」
「中村先生は国会の衆議院参考人に立たれた時に、『自衛隊の海外派遣は有害無実である』とはっきり仰って、自民党の議員はその発言を『取り消せ』と言った事があります」
「これはみんな議事録に残ってる事です。そういう人を失いました。失ったからといってまだ安倍という人は生きて、総理大臣なんですね」
「だから私達はやっぱり小さいかも知れませんけれども。ささやかでも一人一人の意志というものを大事にして生きて行きたいと思います」


澤地久枝さんのメッセージ。
2020・2月3日・国会正門前
https://twitter.com/kuronek.../status/1224218983047421953...

 




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