「度々北京に行った甘粕が、19年の初夏、大使館員と外出中、ふと車の窓から眺めた街路樹の幹に白い印がつけられているのに気づいた。大使館員は「軍が、切り倒す木につけた目印」と説明した。日本の要請による石炭増産で坑木が不足したため、軍は街路樹の伐採を始めるという。
北京は、槐樹の緑が美しい。目抜き通り王府井に整然と並ぶ槐樹の下は、優雅な羅衣の女たちの散歩道である。
軍の意図を知った甘粕は「とんでもない愚行だ!」と鋭くいった。そんなことをしたら、地元民はもとより、世界中の中国人がどう思い、どのような反応を示すことか。古都の美しさを破壊した日本は、世界から軽蔑される――。
甘粕はその足で軍との交渉に出向き、「北京中の並木を切ったところで、どれほどの坑木が得られよう。そのくらいの量は、俺一人でも何とでもする」と一歩も引かぬ態度を示して、遂に槐樹の並木を救った。
敗戦を見きわめていた甘粕は、その時に自分の生涯も終ると、早くから決意していたであろう。そして自分の死後の世界というものが、彼の日常の想念の中に入りこんでいたように思われる。北京の都市美を破壊した日本が野蛮国として世界の嘲笑、侮蔑を浴びることを、甘粕は自分の手で救っておきたかった。戦いに敗れた後も、日本の誇りは保たれねばならぬ――。悲しいほどの愛国心を、甘粕は抱いていた」
角田房子 『甘粕大尉』