
わー、大変だー。ヤバい。
まずいぞこれは!どうしよう!
もはや、国民からそんな反応はない。
先日は、国立競技場にパリサンジェルマンを迎えて、
史上最多となる6万5000人の収容をしてサッカーの試合をしたし、
経済活動は、概ね変わりなく進んでいる。
祭りもすれば、飲み会もする。
「未知のウイルス」から「既知のウイルス」へ、
既に国民の価値観はシフトしたのではないだろうか。
「過去最多」って言うけどさ。
検査設備が整って、検査数が増えているのだから、
「過去最多」を更新するのは当たり前だ。
そろそろコロナの扱いを考えなければならない頃だ。
無症状なのに隔離されて、やらなければならないことができなくなる。
そのしわ寄せに健康な人たちが疲弊する。
そんな悪循環の繰り返しで国民の総ストレス量は増え続ける一方だ。
正直なところ、感染者が10万人になったとしても、
行政からの宣言がなされない限り、
もはや自主的な行動制限が行われることはないだろう。
もう変異種は次から次へと生まれてくるからキリがない。
おそらく、8月で増え切って、9月からはまた減るのだろう。
ゴールデンウィーク後の2週間で感染者は増えなかったのだから、
行動制限と感染者数増が直結しないことはわかってしまった。
政府の方針としても、今のところ大規模な規制をする気配はない。
どうしたらいいのだろうね。
打つ手がないのであれば、何もしない。
それもありだろう。
中途半端に何かをしようとするから、
色んなところにしわ寄せがいく。
それならばいっそ、右往左往しないで感染者数に関しては静止する。
今回はそういう方針なのだろう。
政府からの方針は何も打ち出されていないけれど、私の職場では、改めてのテレワーク推奨令が出た。
これまでは、政府の宣言に合わせて方針を決めてきたから、今回は異例だ。
でも、こういう方向にシフトしていくべきなんじゃないかな。
政府が全ての舵を取っていたら不満は募る一方だ。
だから、ある意味では自己責任。
日本もそうならざるを得ないのかもしれない。
感染を避けて、行楽を我慢するのも自己責任。
感染して、苦しい思いをするのも自己責任。
そういうことなのだ。
日本の福祉はかなり手厚い。
資本主義国家としては異例なほどだ。
だから、日本人は「国が何とかしてくれる」と基本的に思っている。
そうして「大きい政府」が求められ、気がつかないうちにその庇護のもとに生活をしている。
それでいて、政府を不満の捌け口にしながら生きている人は多い。
「今の自分が満たされないのは政治が悪いからだ」
って、それではあまりにも格好悪い。
「自己責任」なんじゃないのかな。
ここから先はおそらく、日本もそっちの方向へとシフトしていく。
そんな資本主義国家はなかなかない。
ある意味で、日本は賃金が上がらなくても生きていける国だったのだ。
そこに綻びが生じたら、どうしたって対策が必要となる。
全体的に賃金を上げようと思えば、経済に公金を投入する必要があり、社会保障にまで予算は回らなくなる。
「国債は国の借金ではない」と、だからどんどんお金を生み出せばいいと、そう主張する野党があったけれど、それが詭弁であることは、少し調べればわかることだ。
限りある財源の中で、お金をどこに割り振るか。
それが政治の仕事だ。
全ての人が得をする政策など存在しないのだから、手放せるところは手放さざるを得ない。
だから、これから先は「自己責任」となる幅は増えていく。
誰かのせいにしたところで仕方がないのだ。
自らが賢くなり、力をつけて生きていくしかない。
そういう生き方が求められているんじゃないのかな。
「政治や宗教に人生をめちゃくちゃにされた」
そうやって、恨みつらみを重ねる生き方をしていても、
おそらくその気持ちはどこにも辿り着くことはないのだ。