
少し前の話になるから時効だということにして、
ブログのネタにさせていただく。
もし当事者から要請があればこの記事は削除する。
このブログを投稿しているTwitterのほうに、
ダイレクトメールが届いた。
内容はいたってシンプルに、
「はじめまして、フォローありがとうございます」
そんなものだったと記憶している。
私にとってTwitterは、
ほぼブログ記事拡散の用途でしか使っていない。
だから基本的にフォローされたら、
無条件でフォローバックをしている。
失礼ながら、
そのメッセージをくれたお相手のアカウントは、
全く拝見していなかったのだけれども、
メッセージをいただいたものだから初めて確認してみた。
するとどうやら、
「処女をもらってくれる人を募集しています」
ということらしい。
きれいな女性の写真でもあれば、
その時点で「釣りだな」と思うのだけれども、
写真どころか年齢など情報は一切ない。
そして「初めて」の相手には厳しい条件が設けられている。
「初めて同士じゃないといけない」というものだ。
ツイートを見てみると、
「お金を払ってしてもらうしかないのかな」など、
割と真剣に悩んでいるみたいだ。
それにフォローしているアカウントは、
「童貞」だということを公表しているものばかり、
私も男だし性欲はある。
初めて同士は望むところだったので、
正直なところ数分間悩んだ。
そして「リスクが高すぎる」と放置した。
しばらくして確認してみると、
どうやらアカウントはなくなっているようだった。
この手のものは釣りばかりだけれども、
これは割とガチだったのかもしれない。
話はこれで終わるのだけれども、
「初めて同士」
女性でもそれを望むことに驚いた。
経験がないことを焦る気持ちはわからないでもないけれど、
多くの女性は自分が初めてならば、
相手にはリードして欲しいのだろうと思っていた。
逆ならば割と聞くことはある。
「処女じゃないとダメ」って、
女性に対する「支配欲」から来るものだろう。
私にその属性はないけれど、
気持ちはわからないことはない。
だけれども、
この年でそんなことを言っていたら完全にアウトだ。
もはや2次元でしか生きていけなくなってしまう。
「私の童貞」
全くの「コンプレックス」でしかなかったけれど、
そこに対する需要があると言うことだ。
本件は「童貞じゃないとダメ」って人が一定いることの証明になる。
相手はどこぞのお嬢様かはわからないし、
マダムかもしれない。
はたまた単なる「美人局」かもわからない。
だけれども、
単純に「おもしろいな」とは思った。

なるほど、
ついに女性が強くなって、
「童貞」に価値がある時代になったのか。
どうやら、
時代が私に追いついてきたようだ。
私の「初めて」を巡って、
繰り広げられる女性たちの骨肉の争い。
「私のために争わないで!」って、
私はオロオロしながらそれを止めに入り、
はじき出されると「キャッ」と地面に倒れこむ。
そんな私を見た女性たちは、
「大丈夫かい?」とこぞって手を差し伸べる。
なんとも気持ちが悪い。
そんな時代が来るのだろうか。
ドラマ『#リモラブ』での衝撃的なシーン、
食事中のアクシデントに対応するべく、
女性が席を立つと同時に鳴る彼女の携帯電話、
着信相手の表示は「セフレくん」
それを見て固まる男性陣、
その中にはお忍びで付き合う彼氏もいる。
戻ってきた彼女に対して、
必死に取り繕う男性陣、
それを見た彼女は、
「私にはセックスフレンドがいます」って、
「そんなに驚くほどのことでしょうか?」って、
会社の人たち(彼氏を含む)に堂々と宣言した。
なんとも女性が強い時代になったものだ。
これからの未来は、
「体目当て」の女性というものが、
言葉巧みにかわいい男の子たち(成人)をさらっていくのだろうか。
「体目当てだったの?」
別れ際にそう言って涙する男性たち、
「やり逃げ」「ヤリモク」
もはや男の特権ではないのかもしれないな。
女性の身体的リスクは相変わらずあるけれど、
暴力を行使しない草食男性が増えて、
経済的自立に伴い、
「選ばれる立場」ではなくなった女性が増えて、
男女同権という名の男性差別の時代になっていくのかな。
だいぶ話が飛躍した。
私が感じているのは、
身体的優位を行使しない男性にとって、
女性に対して優位な部分はほとんどないということ、
少なくとも私の周りでは、
強かに居場所を奪い合う女性たちがいるし、
周りに皺寄せが来るほどに、
産中・産後の特権を遺憾なく使用している。
そのくせ「男らしさ」は相変わらず求められて、
当たり前のように責任は押し付けられるし、
ニコニコしながら優しく仕事を教えてもらうこともないし、
女性と違って少しばかりの体調不良は考慮されない。
もちろん身体的特性は見えない部分が多いから、
理解に努めようとは思うけれど、
パニック障害を患った私にとっては、
不定期に襲う自律神経の不調と向き合うことは日常だし、
強かな女性たちに「優しさ」という名のおやつとして食い物にされてきた。
私は女性が好きだ。
それと同時に女性を恐れている。
社会要請に呼応して、
ますます女性の権利は拡大するのだろうけれど、
「か弱い男性」の存在も、
どうか忘れないでほしい。