どちらの小説も、心優しく繊細な青年が主人公の物語。一か月以上前に読み、下書きに感想をざっと書いておきました。
『いつか月夜』(寺地はるな・著)

寺地さんの本を読んだのは久しぶりだった。
生きづらさを抱えている人にそっと寄り添うような雰囲気は、今まで読んだ数作品と共通しているように感じた。
会社員の實成は、父を亡くした後、得体のしれない不安(「モヤヤン」と呼んでいる)にとり憑かれるようになった。特に夜に来るそいつを遠ざけるため、とにかくなにも考えずに、ひたすら夜道を歩く。
そんなある日、会社の同僚・塩田さんが女性を連れて歩いているのに出くわした。中学生くらいみえるその連れの女性は、塩田さんの娘ではないという……。
やがて、何故か増えてくる「深夜の散歩」メンバー。元カノ・伊吹さん、伊吹さんの住むマンションの管理人・松江さん。
皆、それぞれ日常に問題を抱えながら、譲れないもののため、歩き続ける。
主人公は一人暮らしの青年・實成冬至。
最初は實成一人だった夜の散歩の人数が徐々に増えて来る。
人数が増えるともめ事が起こりやすいから、人数は今くらいのほどほどがいいと實成は思っている。
「友人と集まるのも3人ぐらいがちょうど良い。それ以上人数が増えると会話が難しい。特定の人物ばかりに話しかけるのも気が引けるし、かといって全員とまんべんなく話が出来るほど器用じゃない。」
こう考えられる人は、周囲にかなり気配りが出来る人だと思う。気を遣わない人は、ずっと自分の話ばかりしてても気にしないので。
「それに集団というのは厄介なものだ。ひとかたまりになると力が発生する。力は良い方に働くとは限らない。」この思いにも共感した。
この夜の散歩グループは、この人たちなら大丈夫かなという期待や、信頼を感じているのが自然と伝わってきた。
散歩仲間に加わった一人、マンションの管理人・松江さんは、「どう思いますか?」と話を振られたときだけ、愛想よく二言三言喋る。会社や親戚の中高年男性たちのように、大声で主張するタイプとは全然違うと感じた實成。
夜の散歩は、主人公はじめ参加者にとって明日への元気がもらえ、癒しの習慣になっていく。メンバーの、人の事情にずけずけ踏み込んでいかないような人間性もいいのだろうなぁ。
實成の会社の先輩・塩田さんのこの言葉も心に残った。
「もう若くなく、可能性が少ないってことは、もう何者にもならなくていいってことで、自由だよね。」
始めるのに年齢は関係ないって言葉はよく聞くけれど、物事には何でも両面があって、反対の面から見て新鮮に感じたときのような、ほっとできる言葉だった。
また、以下言葉にも共感。
「私がおかしなことを言うやつに合わせて行動を制限しなければならないのは、どう考えてもおかしい。」
「『まじめ』が悪口になる世界は、間違っていると思う。」
「慣れる必要のないものには慣れてはいけないのだ。」
物語終盤では、内気なタイプだった實成が、芯がしっかりとして一回り大きくなったのを感じた。
ところでこの本を読んだ後、テレビのニュース番組で、実際に名古屋の公園で「夜の散歩」の取り組みをしている、若者のことが紹介されているのを観て、この物語に似ているなと思った。
発起人である青年は、数年前に父親を自死で亡くし、哀しみや苦しさを周囲の人にはうまく打ち明けられず、抱えて過ごしてきたけど、やっと人に話せたとき、心が少し軽くなった経験を踏まえ立ち上げたのだそう。
メンバーは、そのとき集まった初対面のメンバー同士、3人一組で2時間ほど歩く。
ルールの取り決めもきちんとしていて、「自分が聞いたことは口外しない。アドバイスを求められた時以外は助言しない。職業も明かさなくていい。」とのこと。
共に歩きながら、聞いて話す。
それぞれが、一歩踏み出す大切な時間になっているそうだ。
この番組を観ていて一番に注目した点は、「言うことへの勇気をもらえる」ってこと。
なかなか自分の悩みは、人には打ち明けにくいものだし。
でも勇気を出してポロっと言ってしまうと、意外なアドバイスがもらえたりしてありがたいことが私も最近あった。話せただけでも心は軽くなるので。
(その「夜散歩」のサイトです。)
この、「大丈夫な人が大丈夫でない人の話を聞くのではなく、この夜さんぽで想いを話し、想いを聞くことで、『双方向でつながって一緒に生きていく』という視点が、特にいいなと思う。
*
『世界のすべて』(畑野智美・著)

5年間勤めた会社を辞め、街の小さな喫茶店「ブルー」でアルバイトをする鳴海優輝。
心優しい啓介が営む「ブルー」には秘密を抱えた人々が集まってくる。
デザイナーの北村、高校2年生のヒナ……。
常連客の悩みに向き合う鳴海にも、周りに言えない想いがあった。
多様なセクシュアリティを持つ人々の物語。
その馴染みのない専門用語がたくさん出て来るので、その点は分かり辛かったけど、読む前と後では、世間や普通の感覚に苦しめられて生きている人の気持ちが、少しは理解できたように思う。
主人公の鳴海も恋愛感情を抱けない、「アロマンティック」。
人には言いだせないことで、それゆえ周囲の会話からも傷つくことが多かった鳴海。
LGBTQの人によくあるように、鳴海もとても繊細で傷つきやす性格だ。繊細にならざるを得ない人生を歩んできたから。水が流れるように、その心理描写や情景が自然に伝わって来て、一気に読んでしまった。
そんな鳴海も、自分の姪っ子にはなるべく普通であって欲しいと願っている。自分と同じ苦労を味合わないために。
鳴海は会社を辞めてからは、小さな喫茶店「ブルー」でアルバイトをしながら、いつか自分の店を持ちたいと、休日は事前にチェックしておいた気になるカフェを訪ね歩いている。
その色々なカフェを観て回る過程がとても興味深かった。
どれも行ってみたいと思う素敵なカフェばかりだったので。
自分の店を持ちたいと思っている人には、参考になることがたくさん詰まっていると思う。
その、鳴海が勤める「ブルー」のオーナーである啓介さんがとてもいい人で、鳴海の一番の理解者でもある。
「誰かに話せば、変わっていける気がする。でも話す勇気が出ない。」と思っていた鳴海は、ある日啓介に打ち明けてみる。
「恋愛をしないからって、一人で生きていこうなんて思わなくていい。」との啓介の言葉も心に響いた。
世代や性別に限らず、自分とは違う人を受け入れるキャパが広い人と狭い人がいることは、私も今まで色々な人に接してきて感じる。
でも、鳴海もそう感じているように、世の中は急速に変わっているのも感じている。
「早く結婚したほうがいいわよ。」というおばさんはまだいる一方、「そういうこと、言っちゃだめなのよ。」とフォローしてくれる人もいた。
テレビのバラエティ番組でも、容姿や年齢や性別を笑いにすることはなくなった。
恋愛や結婚をテーマにしたドラマであっても、みんなが「当たり前に、こう思っている」ということを前提にしたものは減った。
テレビは昔よりつまらなくなったといわれるけれど、でも傷つけられる人が減ったのであれば、その方がいい。
なので、こちらのプライベートに踏み込まないようにしてくれる常連さんも多い。
物語終盤での鳴海が作るクリームソーダは、紫色のシロップ。
紫色のソーダは、陽が暮れて夜になっていく空のような色をしていて、僕のような色だと感じている鳴海。
本の表紙も美しい紫色で、それも印象的だった。
この小説を読んでも、鳴海のように、自分の人生に関わる重大なことでなくても、自分の悩みで話す勇気が出ないのはすごくよくわかる。
なので、先に紹介した名古屋での夜散歩の取り組みが、あちらこちらで広がるといいなと思う。
数年前でのNHKドラマ、『恋せぬふたり』でも、高橋一生&岸井ゆきがふんする、恋愛感情も性的要求も全く無い二人が始めた同居生活を描いていて、相性の良い爽やかな二人で、毎回楽しみに観ていた。
そんな風に支え合える関係が増えていけばいいな。