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『赤と青とエスキース』(青山美智子・著)人生は何度でもまた始められる

青山美智子さんの小説を読んだのは、4年前に、こちらの『お探し物は図書室まで』を読んだとき以来だと思う。

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この時とても感動したのに、それ以来読んでいなかったような^^;

marcoさんが青山さんの著書をたくさん読まれていたことに影響され、私も図書館の新刊案内にあったこちらの文庫本を予約して読んでみることに…。

 

2022年度本屋大賞第2位になった本作も、同じく連作短編集だった。

第一章「金魚とカワセミでの主人公、女子大生レイは、メルボルンに留学中。

慣れない留学生活で孤独を抱えていた時、現地に住む日系人・ブーと知り合い恋に落ちる。

彼らは、レイが日本に帰るまでの、期間限定の恋人として付き合い始める。

ブーはレイに、友人である若手画家のジャックが君の美しい髪を見て、君を描いてみたいと言っていると、モデルになってみたらと勧める。

そのジャックがレイを描いた絵のタイトルが「エスキース」。

 

この、第一章で描かれた絵画「エスキース」が、どの章でも登場して、それぞれ異なった年代・場所で、効果的な使われ方をしていた。

そしてどの章にも、タイトルや人の名前を含め、あらゆる赤や青が登場して、その色や絵画が、目に浮かんでくるような物語だった。

 

エスキース」とは、「デッサンやスケッチと意味合いは似ているけれど、決定的に違うのは、それを元にして本番の作品を必ず完成させる。描き手にはその意思があるということ。」との意味だそう。

最終章である、第4章「赤鬼と青鬼」の終盤、

「堂々としていればいいんだ。俺は君の気高い生命力を知っているよ。」との台詞にハッとなり、それまでの話が繋がり、一気に感動が押し寄せてきた。

と同時に、確認のためまた最初から読んでみたくもなった。といっても返却期限が迫っていたので、それは叶わなかったけど。

この最終章での主人公・茜は、ある日、パニック障害に陥ってしまう。

その茜に対して、勤め先のオーナーは、今はしっかり休むことをすすめる。そのときのオーナーの言葉が心に響いた。

「大事なことはただ一つ。生き延びなさい。そうすれば、またどこでも行けるときがくる。」

「悪いことでも、いつまでも同じ状況なんて何ひとつない。あなたも世の中も。」

「よく人生は一度切りというけれど、一度切りと思ったら思いっきりできない。人生は何度でもある。どこからもどんな風にでも、また始めることが出来る。

ただ、人生は何度でもあるけれど、それを経験できるこの体は一つしかない。だからなるべく長持ちさせないといけない。」

これからもずっと続けるために今は止まるとき。と、オーナーに諭される。

この後茜は、横断歩道で青の点滅で走ろうとする。

横断歩道だけではなく、いつもいつも走っていた茜。ここで急いで渡ったところでたいした違いはないのに、時間がもったいないと感じて。

信号が赤に変わり、茜はゆっくり深呼吸をする。

その深呼吸する時間が大事だと、私自身もそう思った。

人生は一度切りだから、後悔しないように精一杯生きなきゃと、自分も年々その思いを強くしていた。でも一つしかないこの体は、確かに長持ちさせないとと、この部分を読み、自戒も込めてそう思った。

茜がパニック障害になったのも、きっと体が悲鳴を上げていたからだと思う。

 

それから作中、絵画について書かれたこんな言葉も心に残った。

「不思議なことに絵画は、たくさんの人に見られて、たくさんの人に愛されていくうちに、勝手にどんどん成長していく気がするのだ。描き手から離れた後、自ずと力がついていくような。芸術作品はみな、人々の目に映ること、心に住むことで、息吹いていくものなのかも知れない。」

「発する側ではなく、受けた側が何かに込める祈りや念のようなものを、私はシンプルに感じ取っている。」

確かに、現代では著名な画家たちが、活動していた当時は全く無名で、今のように脚光を浴びてなかったって話もよく聞くし、芸術作品が年月をかけてたくさんの人に見られ、愛されていくうちに、どんどん成長していくというのはすごくよく分かる。

「発する側ではなく、受けた側が何かに込める祈りや念のようなもの」というのは、もちろん音楽でも他の芸術作品でも同じだと思う。

第三章 「トマトジュースとバタフライピー」で、
中年の漫画家タカシマの、かつてのアシスタント・砂川が漫画大賞を受賞し、雑誌の対談企画で、二人で久しぶりに話したときの言葉も、同じ意味で心に残った。(marcoさんもそう書かれていたけれど。)

砂川が、賞を取ったのは自分ではなくその作品であるとの言葉に、謙虚さと、漫画や自身の作品に対しての尊敬や愛を感じた。そして、そういう考を知って、新鮮な気分に駆られた。

 

壁にかかった一枚の絵の前に私は立つ。

その絵は、多くを語り出す。

私だけにわかる言葉で…

と始まるプロローグの一文も、自分が惹かれた絵を前にして、人それぞれが感じる状況をよく表しているように思った。

それから、marcoさんも感想に書かれていたけれど、第二章「東京タワーとアーツ・センター」での、額縁と絵の相性についての話もとても興味深かった。

 

先に引用した、「堂々としていればいいんだ。俺は君の気高い生命力を知っているよ。」

という台詞も良かったなぁ。

「堂々としていればいいんだ。」って部分に、今の自分も勇気をもらえた。自分でやれるだけのことはやって、後は堂々としてよう。という気持ちにさせてもらえた。

 

とりとめのない感想になってしまってけれど、各章ごとのあらすじなど、marcoさんの感想記事には詳しく書かれています。

garadanikki.hatenablog.com

 

よく通る道での、「タチアオイ」と「紫陽花」の花が綺麗でした🌸




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