11月末に行った金沢旅行、二日目の続きです。
「石川県立図書館」の後はまたバスに乗って、来た道を戻り、「兼六園前」で降りました。近くにあったお蕎麦屋さんで、昼前にランチを済ませ、「金沢城公園」に少し寄ってから隣の「兼六園」へ。


(前田利家像)
午後からだんだん空模様が怪しくなってきましたが、この日はコートが要らないくらいの暖かさでした。

「石川門口」から「金沢城公園」へ。







そしてお隣の「兼六園」へ。

「霞が池」



見晴らしが良い「眺望台」


兼六園の冬の風物詩「雪吊り」。着物姿の方々もちらほら。


「瓢池」
「金沢城公園」も「兼六園」も広いので、ささっと見ただけですが、どちらも紅葉がまだ綺麗でした。お天気が良かったら、もっと写真映えするのではと思いました。
海外からの観光客もたくさん来ていました。また機会があったら、今度はじっくり見学してみたいです。
それから、昨日建物の前まで行った「鈴木大拙館」へ。
昨日もマー君のママさんとこの辺りを歩き、ホテルでもらった市内地図も持参していたので、だいたいの方向も把握していました。途中「21世紀美術館」を探している観光客の方に、道を教えてあげたりもしました。(^^ゞ
自分が道を尋ねたときも、相手が笑顔で返してれて、一人だとそんなちょっとした会話も想い出になります。


「中村記念美術館」の近くの「旧中村邸」。昭和3年に酒造業を営んでいた、中村家の住宅として建築されたそう。

「中村記念美術館」。中のカフェだけ寄り、お抹茶セットを頂きました。


素敵なお庭を眺めながら、しばし休憩。

外に出たら、雨が降ってきてました。でもここから「鈴木大拙館」へは、前日マー君のママさんが案内して下さった小径を抜け直ぐの場所。

「鈴木大拙館」
D.T. Suzukiとして世界で知られる鈴木大拙は金沢が生んだ仏教哲学者。
大拙の考えや足跡をひろく国内外の人々に伝えるとともに、来館者自らが思索する場となることを目的に開設された館内は「展示空間」「学習空間」「思索空間」の3つの空間を回廊で結ぶとともに、「玄関の庭」「露地の庭」「水鏡の庭」の3つの庭によって構成。
谷口吉生氏の建築も、美しいコンクリート造りで、素晴らしいです。
鈴木大拙について、私はほとんど知りませんでしたが、マー君のママさんのブログを拝見してから、この記念館は旅行で是非見学してみたいと思っていました。
スティーブ・ジョブズがリスペクトするなど、まず海外でその名を知られ、逆輸入的に日本でも知名度を上げたそうですね。日本の禅文化を海外に広めた方だそうです。
以下3枚の写真は、晴れていた前日の夕方、マー君のママさんと来たときに撮ったものです。

「中村記念美術館」からの小径を抜けると、先ず外からでも鑑賞できる「水鏡の庭」に到着。その奥の建物が「思索の空間」。この建物が、水鏡のように水面に映っているのがまた美しいです。

ときおり、水面に波が立ち、波紋が広がります。
不思議に思って、中を見学した当日、受付の方に訊いてみたら、定期的に波立つような仕組みになっていて、波紋が遠くまで届いたら、また次の波が起こるシステムになっているそうです。こちらも、自然が織りなす芸術作品のようでした。



館内にある、展示や学習空間は撮影禁止でしたが、外の庭に面している部分はOKでした。
著作などが展示してあり、それを自由に読める「学習空間」では、外の庭を眺め雨の音を聞きながら、著作の「禅とは何か?」をパラパラ読んで過ごしました。
この書籍によく登場する「宇宙霊」というのは、大いなる存在のことで、それは誰しも内在しているとか、輪廻転生の考えも伝わって来て、やはり西田幾太郎やソクラテスの考えにも共通しているなと感じました。
海外で人気があるというように、西洋人の観光客も何人か書籍を手に取ったり、椅子に座って読んでいました。
そういえば、「展示空間」での映像で、晩年の鈴木大拙が、亡くなった私の父に似ていたのがびっくでした。
館内を順に回ると最後にたどり着くのが、こちらの「思索空間」。

「思索空間」の内部は、ベンチに座り、外の庭を見ながらボーっとしたり、鈴木大拙を体感できる造りになっています。
マー君のママさんも大好きだと言われていた、鈴木大拙の名言で一番有名な、「それは それとして」このポストカードを私も購入してきました。
「展示空間」での説明にもありましたが、大拙さんは多くの方のさまざまな悩み相談を受けてきて、「な、な。」と相づちをうち、丁寧に話を聞いたあと、「それは、それとして」とよく切り出されたそうです。
アドバイスをしたり、「わしにはわからん」と言ったりもしたそうですが、それもなんかいいなぁと感じました。聴くことが何より大切ですもんね。
この言葉には、「問題の次元を変える働きがある。」とこちらのサイトにも出ていました。
「それは それとして」 十三日講|明光山 妙勝寺|日蓮宗 寺院ページ
悩みや人間関係に困ったとき、そっとつぶやいてみると上手くいくこともあるとのことです。
確かにこの言葉には、それまで巡らせていた様々な思いから、一旦切り離す働きがあると感じます。

購入したポストカードと、館内に入るともらえる、鈴木大拙のファイル。
館内に「名言」と、その説明が書かれたカードがいくつか置いてあり、それらをファイルに収納することができ、家でもスッキリ保管できるので、とても便利だなと思いました。



(「鈴木大拙館」入口。)
それから、ここから少し歩いたところにある、現代美術館である「金沢21世紀美術館」へ。

静かだった大拙館とは打って変わって、こちらは結構混んでいました。
チケットを購入後は、20年前も鑑賞した「スイミング・プール」も予約。チケット売り場では、プールはかなり待つとのことでしたが、web予約で30分後の時間帯が取れました。
なのでその前に、「都市漂流」というコレクション展ほか、色々観賞。

一時的に雨が上がっていたので、「スイミング・プール」を上からも鑑賞できました。
館内の展示品は、ほとんど撮影OKでした。






左は、元旦の大地震で破損してしまった、金沢伝統の陶器類を並べて展示してありました。


市民ギャラリーにある、可愛い模様のロッキングチェア。座り心地も良かったです。
時間が来たので、地下の「スイミング・プール」へ。



私も知らない方に記念に1枚撮ってもらいました。

こちらの美術館はとても広いので、2時間くらい見て回り、それからまたバスに乗り、ホテルのある金沢駅へ戻りました。
バス停も、前日マー君のママさんと乗った停留所から、無事に戻ることが出来ました。本当は、近くの「尾山神社」も気になっていて寄りたかったのですが、雨が本降りになってきたし、歩き疲れたので…。この日は、11キロ歩きました。
そうそう、夜寝る前に結構大きな地震があって、びっくりしました。( ゚Д゚)
11階に泊まっていたのですが、下からドーンと突き上げるような揺れとともに、スマホの地震アラートがけたたましく鳴ったので。
金沢は震度3とのことでしたが、揺れも長く感じたし、震度4くらいの体感でした。
その時少し前に観た、テレビ「ホンマでっか!」での防災特集を思い出し、机の下より玄関のそばに避難した方が助かる確率が高いということを思い出し、コートを着て入口扉を少し開けてしばらく様子を見ました。
そしたら、マー君のママさんとkagenogoriさんから直ぐに、「大丈夫でしたか?」との連絡をいただいたので、旅先でも心強く、ありがたく感じましたm(__)m
(三日目)
最終日は、金沢駅から七尾線で30分ほどの、「西田幾太郎記念哲学館」へ行ってきました。
「西田幾太郎記念哲学館」は、西田幾多郎の出生地である、かほく市に設立された日本唯一の「哲学」をテーマとする博物館。
この哲学館を知ったのは、数年前に購入したこちらの本に載っていて、安藤忠雄による設計とあったのもあり、金沢へ行く機会があったら一度行ってみたいものだと思っていました。

前回も書きましたが、私は建築物にとても興味があるので。
もうかなり前に行った直島での、「地中美術館」なども安藤忠雄設計で、とても素晴らしかったでした。
西田幾多郎著のこの『善の研究』は、西洋と東洋を融合させた日本初の哲学書だそうです。
「善の研究」自体は読んなく、難しいことも分かりませんが、この、100分で名著の方は、分かりやすい解説といい、とても感銘を受けた本です。同じくこの本をお持ちの、マー君のママさんもそういわれていました。
西田幾多郎と鈴木大拙は、ともに明治3年生まれ。金沢の第四高等中学校で知り合い、生涯を通じた親友となったそうで、この「100分で名著」の本にも、鈴木大拙のことが載っていました。
金沢駅から七尾線で、「宇野気駅」へ。駅から徒歩20分の距離に哲学館はありました。

道すがら、道路の真ん中から、水が散水されていたのが不思議な光景でした。
朝まで降っていた雨が地下に溜まり、それを放水しているのかと、哲学館に着いて受付で尋ねてみたら、雪に備えての融雪装置だそうです。たまたま試験的に散水していたみたいでした。

小高い丘の上に建って切るので、近づいてくると遠くからでも見えました。コンクリートにガラス張りの外観も美しいです。
夜はライトアップしていて綺麗なようです。その敷地内に入ると、「哲学の杜」の中の「思索の道」を通り、こちらの「庭園階段」に繋がっています。
(詳しくはこちらに↑)
1階・2階にある展示室は撮影禁止でしたが、最初の展示室「哲学へのいざない」では、円や井戸をモチーフにして、哲学について解説していました。
その奥の展示室では、西田幾多郎の人生をまとめた映像が見られたり、西田自身が書いた随筆の朗読を聴くことができます。
朗読も全部聴いてきましたが、幾多郎は愛する姉や弟、妻や自分の子どもたちまでも若くして次々に先立たれ、先に読んだ名著の本にもありましたが、そのときの慟哭が胸に迫ってきました。家族愛が格別深い人だったことも伺われました。
2階の展示室では、遺品や原稿、書簡など二百点以上に及ぶ豊富な資料を紹介していて、人となりが十分に伝わってきました。また、レコードにもなっている実際会話での生の声も聴けて、興味深かったです。
こちらは、地下にある瞑想空間「ホワイエ」。すり鉢上に吹き抜けが広がり、天窓から陽の光が射し込みます。



こちらは、撮影OKだった、京都の西田幾太郎・旧宅での書斎床の間。


館内には「鈴木大拙館」と同じく、いたるところにワードカードが置かれていて、自由に持ち帰ることができます。私も何枚かいただいてきました。
こちらは、親友・山本良吉へ宛てた手紙の一文です。

幾太郎の妻が突然倒れたときの心境を綴ったもので、自分の過去を構成していた重要な要素が無くなるとともに、自分の未来というものも無くなったように思われたとのことで、その気持ちが伝わってきました。
「展望ラウンジ」

地下展示室となりの「空の庭」。

京都の自宅の一部を移築した、「骨清窟」という名の書斎。



京都の「哲学の道」は、西田幾太郎がよく散歩したことから、その名がついたそうですよね。
「鈴木大拙館」もそうでしたが、「西田幾太郎記念哲学館」も、美しい建物・館内といい、静かで心落ち着き、とても心癒される空間でした。

こちらの写真は入口外から撮ったものですが、ランチは館内のカフェで、かほく市の景色を眺めながらいただきました。




帰りも、敷地内の「思索の道」を通って行き、そのとき何だか時空を超えて、西田幾太郎をとても身近に感じ、心が繋がったような温かい気持ちになりました。
七尾線では、往復ともぼーっと景色を眺めていました。
建て替え中の家も多く見かけましたが、この辺りの大地震での被害が気になり、後で調べてみたら、かほく市は人的被害は無かったものの、住宅被害が900棟あまりあったそうです。
そしてまた金沢駅へ戻り、夕方4時前の新幹線で帰路につきました。
マー君のママさん、お世話になりましたm(__)m
*
最後に、100分で名著の「善の研究」で、心に残った文章を少し挙げますので、興味がありましたら…
西田にとっての「愛」とは、生けるものの本質を掴む力です。
(中略)
自然は私たちにいつも呼びかけてくれる。
しかし、「知ること」しか知らない者は、その呼び声に応えられない。
しかしその「声」に応えさえすれば、そこに循環が生まれる。
これが西田のいう一致であり、この「一致」の世界には、損得や利害関係はなく、他者の喜怒哀楽はそのまま「わがごと」になっていく。
西田哲学における「宇宙」は、大気圏外の宇宙空間ではなく、内面世界を含むもの。
神は、内界と外界の双方の働き。神は、人間を越えながら、同時にわたしたちの心に内在する。それが西田の「神」の理解。
すべての過ぎ行く時間は、同時に永遠でもある。
見どころ満載の金沢、充実した旅でした。
またいつか訪れてみたいと思いました。
長文になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございましたm(__)m