
~世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する~
【意味】歴史を通して、自分を取り巻く状況を一歩引いて客観的に見ること。
【効用】あなたを苦しめている「当たり前」が当たり前でないことに気づき、目の前の悩みから解放される。 (2022年3月刊行)
今年春、新聞記事に大きく載っていたので、興味本位で読んでみたのですが、歴史に特に興味があるわけでもない私でも、最初から最後までとても面白く読めました。 歴史といっても、面倒な年表も出てきませんし…。
実業家である著者の深井龍之介氏(1985年生まれ)は、様々な社会経験後に2016年(株)COTENを設立。 3500年分の世界史情報を、体系的に整理したんだそうです。
そして2018年から、「歴史を面白く学ぶラジオ」を配信。 本書はそれをまとめたものだそう。
プロローグの「僕たちの『当たり前』を疑え」ほか、「スーパースターも凡人だった」「僕らの当たり前は非常識」「悩みの答えは古典にある」等など、世界の名だたる偉人達を例に、興味深い目次が並んでいます。
その偉人たちとは、イエス・キリスト、孔子、マハトマ・ガンディー、カーネルサンダース、アン・サリヴァン、武則天、アリストテレス、ゴータマ・シッダールタ。
「悩みの原因は、僕たちの社会にある常識や価値観。」とのこと。
歴史を学ぶと、私たちを取り巻いている常識や価値観が、決して当たり前ではないことに気づのだそう。 例えば、
・お金を稼ぐことが良いことだった時代は、実はとても少なく、「稼ぐ人が偉い」も最近の価値観。
・「帰る家がある」のも、人類の当たり前ではない。
・男性同士の恋愛も、洋の東西を問わずよくあることだった。
価値観は絶対ではなく、場所や時代によって変わるというのは、よく聞くことですが、
「歴史を知るということは、私たちの当たり前を当たり前でないと理解すること。」だそうで、これを著者は「メタ認知」と呼んでいます。
「メタ」は超えるという意味なので、「メタ認知」とは、今の自分の状況を一歩引いて、客観的に見るということ。
悩んだり苦しんだりしている人は近視眼的になっている。
歴史も人間も複雑で多面的であり、歴史上の偉人たちは、生きている間は冴えない人生を送っていて、長い歴史の中で脚光を浴びるようになった人物が多いそう。
例えば、聖人「マハトマ・ガンディー」もその例に違わず、その性格ゆえ、家族からはかなり疎まれていたなど。
第3章「人生のクライマックスは終盤に現れる」
この章での、カーネル・サンダースを例にとった話は、特に興味深く面白かったです。
カーネル・サンダースの驚きの人生を初めて知りました。
以下、その生涯を順を追って簡単にまとめると…
ネイティブアメリカンが最後の抵抗を続けていた、1890年インディアナ州生まれ。
6歳で父を失い、家事や弟妹の世話ばかり。
12歳のとき、母の再婚をきっかけに家を出てからは、驚愕の転職人生。
十数の職を転々とした後、ケンタッキーでガソリンスタンドを経営。
40歳手前、世界恐慌で二度目の破産。
それでも諦めないサンダースは、ガソリンスタンドに来るお客がみなお腹を空かせていることに気づき、物置小屋に椅子6脚のカフェを併設。
幼少期から馴染んで来た、原点であった料理に戻り、「ケンタッキー・フライド・チキン」の誕生。
地元の名士になったサンダースは、州から「カーネル」の称号が授けられる。
しかし第二次世界大戦後、65歳でまたまた破産。
ここから不屈の精神で巻き返す。 売るものがないなら、最高のフライドチキンの作り方のレシピを売ろうと、フランチャイズを手がけ、大成功。
彼の生涯には、社会の変化が大きな影響を与えていた。
環境の変化には勝てなくても諦めず、ひたすらトライ&エラーを続けてきた。
三度も破産を繰り返し、苦労の連続だったと思いますが、七転び八起きで、最後の最後まであきらめなかったことが成功につながったのですね。
ケンタッキー・フライドチキン、益々好きになりそう! 笑


ガンディや孔子も遅咲きであり、なぜ偉人には遅咲きが多いのか?
理由の一つは、
「人は歳を取るほどしょぼくれていくように思われがちだけど、実際はどんどん可能性が広がり、加速していくから。」
以前読んだ田坂広志氏の本でも、同じようなことが書かれていました。
だから、「若いうちから絶望したり、有頂天になるのはやめましょう。」と言われていました。
第4章「奇跡を起こすのは誰だ?」
この章では、ヘレン・ケラーとサリバン先生のことが、サリバン先生のことを中心に描かれています。
「奇跡の人」とは、ずっとヘレン・ケラーのことだと思ってましたが、実は奇跡を起こしたのはサリバン先生のことだったとか!
そしてそれまで、何らかで関りがあった全ての人たちの存在・偶然が、複雑な連鎖反応を生み、ヘレンケラーの奇跡に繋がった。ということが、詳しく書かれていています。 なので、
あなたの何気ないサポートも、めぐり巡って奇跡を起こすかもしれない。
だとしたら、自分の価値を信じて生きた方が毎日が楽しくなる。
自分のちょっとした親切も自分の知らないところで、めぐり巡って、地球の反対までも広がって繋がっていくということは、最近読んだ絵本にも出てきました。 バタフライエフェクトですよね。

第7章「悩みの答えは古典にある」
この章では、仏教を開いた「ゴータマ・シッダールタ」を例に。
大半の悩みは、古代の人々が考え尽くしていて、古典には、問題を根本からひっくり返してくれる力があるのだそう。
ゴータマは2500年も前に、現代の最先端科学と矛盾しない理論を作り上げたとのこと。
この部分、簡単に抜粋すると…
苦しみが生じるのは、かなわない願望を抱く『私』がいるから。
究極の問題である、「私とは存在するのか?」
科学的にも、「私」とはうつろう存在。
この世はすべてうつろう。 だから『絶対』は存在しない。
確実に存在していると思える『私』でさえ、絶対ではない。
さまざまな物事との関係により、今ここに存在しているように感じられるだけ。
この認識に立つと悩みが消える。
私も他者も社会も絶対的な本質を持つものではなく、うつろう存在。
メタ認知ができるようになると、「私」の範囲が広がって行く。
この章も興味深く、なるほどなぁと感じました。
ゴータマは2500年も前に、現代の最先端科学と矛盾しない理論を作り上げていたとは、驚きでした。
このように、著者は、現代は特定の価値観に依存しないほうが楽であるけれど、
「自分の価値観が絶対だと思い込まず、ほかの価値観も認めておくこと。」とも言われていました。
歴史的視野で物事を見ると、お金を稼ぐとか、偉くなるとかはどうでもいいことであり、それは客観的な事実で、それよりも大切なことは、
「この世に生を授かって生きること。存在すること。」
というのも、最もだと感じました。
自分を客観的に見るとか、この世に存在すること自体が大事というのは、最近読んだ、『人生に期待するな』(北野武・著)でも、ビートたけしも同じようなことを言われてました。( こちらの感想は、また来月辺りにでも…。)
以上、またまた書き過ぎてしまった感じですが、読んで良かったと思える面白い本でした!


新緑が綺麗な季節ですね♪