
たぶん、電鉄富山発岩峅寺行きの電車の、布市駅を過ぎたあたりだったと思うんです。
車内の乗客が私と、年上のお姉さんのふたりだけになったのです。
お姉さんには私が異界の人間であることがすぐにわかったのでしょう。
「ここの駅はいいわよ」「この先で山が正面になるから、運転士さんの横に行って」などと、実に親切にシャッターチャンスを教えてくれたのでした。
きっと今回の富山の記憶は、このお姉さんになるのでしょう。
稲荷町駅は板貼りのホームでした。
富山地方鉄道には各種フリー切符があるのですが、稲荷町駅の窓口で「鉄道線・市内電車 1日フリーきっぷ」を所望すると、駅員さんは「高いほうのやつ」と笑って確認して売ってくれたのでした。
振り返ってみましょう。
何だって、いつだって、文句を言うのは下手くそなやつばかりではありませんでしたか?
「暑い暑い」と言われたら、「お前は夏が下手くそなんだ」と言い返してやればいいのです。
「岩峅寺」と書いて「いわくらじ」と読みます。
もうこの先の人生で他に「峅」の字と出会う予感はありません。

せっかくフリー切符を買ったのだからと、この日は何本もの電車に乗りました。
貧乏人の発想ですね。
でも夏の景色は色が濃くて、車窓を眺めているだけで気持ちがよかったのですよ。
「施錠」と書いて「かぎをかけることに」とルビを振ります。
きっとこの日が今年一番、夏らしかった思い出の空になるような気がするのです。
衝動的に「★★がしたい!」と思ってしまうことがあるじゃない?
ちょっと待てば面倒くさいと思い直して、衝動は衝動らしく消えていくんだけど、振り返れば今までどれだけ自分の衝動を殺してきたんだろうとも思う。
今の自分が立っているのがここなんだから、別に失ったって困る現実もなかったろうに。
もっと衝動に従ってあげればよかった。
衝動に従うことは、自分を大事にすることとイコールだった。
今年もやっぱり、メンタルヘルスチェックはEランクの評価で返ってきた。
(府中白糸台日記「真夏の新潟はスノーピーク」より)
駅前にはサウナ「クリーン・アップ」の看板だけが残っている。
俺はいつか「ワイルドピッチ」というサウナを造って、世のはぐれ者たちを受け入れたい。
(府中白糸台日記「松本に行ってきた」より)

去年も一昨年も同じような時期に出かけているのは、大学院の教授が毎年大学を空けてスケジュールと気持ちに隙間ができるタイミングだからと思われます。
たくさん馬鹿にされながら、笑われながらやってきた院生ライフも、ぼちぼち終わります。

私を担当している教授は、面談で「あなたのようにルサンチマンで生きているタイプの人間は好きです」と言い、私を研究室に受け入れてくれました。
ただその後に「明るく前を向く研究者にはかなわないかもしれない。社会は明るい人間のほうが好きだから」とも言いました。
後段については、まだ決着はついていません。

命は自分のものなのです。
私にはかつて「来月のダービーが見たい」と、それだけを思いながら永らえた4月がありました。
「もう一度夏を」と思い迎えたのが今年の夏です。
ずっと前から、夏は好きなんです。
冬を乗り越えて、取り残されるだけの春をやり過ごして、なんとかたどり着くのが夏なのです。
スパアルプスに行く時は、富山駅からバスに乗って、目の前の中市のバス停で降りると便利です。
しかし公共交通機関派の方にはぜひ、片道だけでもこの大泉の駅を利用してみてほしいのです。
ほんとにね、この富山地方鉄道ってやつは駅舎も、待合室も、駅名標も、車両も、そして変電設備ですらも佇まいが良すぎるのですよ。

全線全駅を下車したくなるのですが、旅行者には運行本数の面からなかなか叶わないので、それでも解を導き出そうとすると「レンタカーで線路沿いをまわる」になってしまうのが難点であり、弱点なんですね。
新魚津の駅から、Tシャツを汗でビッタビタにしながら歩いてやってきたのが辻わくわくランドでした。
そこに待っていたのは実に12℃の水風呂!
サウナ室で猛暑のニュースを見る、この世の中が歪んだ感覚は夏の醍醐味だと思います。

干からびた魚津の街に、わざわざ東京の府中からやってきた物好きです。
暑い日になればなるほど、街は静かになります。
思い出作りに魚津で髪を切ろうと思ったんです。
しかし汗くさい初顔の中年が入ってきたらどんなものだろうと、そんなことを思うと理容店には入れませんでした。
もともと月曜日なので、お休みの店が多かったみたいですし。

ところ変わって日が暮れてきて、岩瀬浜です。
かつてここにはJR富山港線が走っていました。
普段は北陸本線を走る在来型の車両が、ときどき海に向かってアルバイトで走るような路線でした。
岩瀬浜の駅を降りると、波の音が聞こえてきました。
昼間はあんなに暑かったのに、アスファルトにはまだ熱が残っているのに、日が落ちると海風が心地いいのです。
海沿いに住む人たちがうらやましい。

群馬県で育った人間のないものねだりです。
手に入らなかったものは、欲しいままで終わるのでしょう。
さて、そろそろ帰りますかね。
以上
