
「築城の名手」にして、何度も主君を変えたことで知られる藤堂高虎。
足軽の身分から主君を転々としたのち、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長に見出されて才能を開花させ、のちには徳川家康の側近として32万石の大名にまで上り詰めた75年の生涯。
「変節漢」というイメージが長らく語られてきましたが、秀長への深い忠義や築城の才能に光が当たり、近年の大河ドラマでは多面的な人物として描かれるようになっています。
そこで本記事では、藤堂高虎が登場したすべての大河ドラマ作品を紹介!
演じた歴代俳優の一覧や、各作品での描かれ方もまとめて解説します!
- NHK大河ドラマで放送された藤堂高虎の登場作品一覧(1983年〜2026年)
- 藤堂高虎を演じた歴代俳優一覧【全9作品・9名】
- 藤堂高虎が主人公として描かれた大河ドラマは?
- 大河ドラマの藤堂高虎によくある質問(FAQ)
- まとめ|大河ドラマで描かれてきた「藤堂高虎像」の変遷とその魅力
NHK大河ドラマで放送された藤堂高虎の登場作品一覧(1983年〜2026年)

藤堂高虎が登場した大河ドラマは、1983年の『徳川家康』から2026年現在放送中の『豊臣兄弟!』まで9作品です。
登場回数としては、織田信長や豊臣秀吉のように毎回のように顔を出す人物と比べるとやや少なめです。
高虎が活躍したのは主に秀吉政権の後半から関ヶ原の戦い、そして大坂の陣にかけての時期であるため、信長時代を中心に描く作品には登場しにくい事情があります。
一方で、関ヶ原の戦いや徳川幕府成立を扱う作品では徳川方の重要人物として存在感を見せてきました。
そんな藤堂高虎が登場した作品と演じた俳優を、表にまとめました。
NHKオンデマンドで見れるので、見返したい作品や気になる作品があればぜひ視聴してみてください。
| 作品タイトル | 放送年 | 演じた俳優 | 主人公 |
|---|---|---|---|
| 徳川家康 | 1983 | 前田 昌明 | |
| 春日局 | 1989 | ト字 たかお | |
| 秀吉 | 1996 | 徳 秀樹 | |
| 葵 徳川三代 | 2000 | 田村 亮 | |
| 武蔵 MUSASHI | 2003 | 誠 直也 | |
| 天地人 | 2009 | 一岡 裕人 | |
| 真田丸 | 2016 | 日野 誠二 | |
| どうする家康 | 2023 | 網川 凛 | |
| 豊臣兄弟! | 2026 | 佳久 創 |
藤堂高虎登場作品と演じた俳優の一覧
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藤堂高虎を演じた歴代俳優一覧【全9作品・9名】
NHK大河ドラマで藤堂高虎が登場した作品は、前述のとおり9作品です。
演じた俳優も作品数と同じ9名。
徳川方の知将として脇を固める役回りが多い高虎ですが、各作品でどのようなに描かれてきたのか、見ていきましょう。
複数回、藤堂高虎を演じた俳優
大河ドラマで、藤堂高虎を複数回にわたって演じた俳優はいません。
9作品すべてで異なる俳優が起用されていて、同じ俳優が再び演じたケースは一度もありません。
大河ドラマでは同一人物を同じ俳優が再演するケースもまれにありますが、高虎役については毎回異なる俳優が起用されています。
藤堂高虎を1度だけ演じた俳優一覧
各作品で藤堂高虎を演じた俳優と、代表作・特徴を以下にまとめました。
| 俳優 | 作品タイトル | 代表作・特徴 |
|---|---|---|
| 前田 昌明 | 徳川家康 (1983年) |
映画・テレビドラマで活躍した俳優。 時代劇での経験が豊富で、落ち着いた佇まいが特徴。 |
| ト字 たかお | 春日局 (1989年) |
テレビドラマ・映画に幅広く出演する俳優。 個性的な脇役として知られ、独特の存在感で作品を支えた。 |
| 徳 秀樹 | 秀吉 (1996年) |
テレビドラマを中心に活動した俳優。 秀吉主人公の本作で、秀長の家臣として高虎を演じた。 |
| 田村 亮 | 葵 徳川三代 (2000年) |
田村正和の弟として知られる俳優。映画『赤ひげ』(1965年)でデビュー。 端正な容貌と落ち着いた演技で、家康の側近としての高虎にふさわしい格を見せた。 |
| 誠 直也 | 武蔵 MUSASHI (2003年) |
特撮ドラマ『秘密戦隊ゴレンジャー』のアカレンジャー役で知られる俳優。 力強い演技が持ち味で、武将としての高虎を体現した。 |
| 一岡 裕人 | 天地人 (2009年) |
テレビドラマ・舞台で活動する俳優。 直江兼続が主人公の本作で、関ヶ原の戦いを中心に高虎を演じた。 |
| 日野 誠二 | 真田丸 (2016年) |
テレビドラマを中心に活動する俳優。 三谷幸喜脚本の本作で、大坂の陣での高虎を演じた。出演は2回。 |
| 網川 凛 | どうする家康 (2023年) |
映画・テレビ・CMで活躍する俳優。本作が大河ドラマ初出演。 第40回「天下人家康」から登場し、秀吉死後にいち早く家康支持に転じる知将として描かれた。 |
| 佳久 創 | 豊臣兄弟! (2026年) |
元ラグビー日本選抜選手から俳優に転向。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で武蔵坊弁慶役を演じた。 ドラマ『サンクチュアリ -聖域-』やスーパー戦隊シリーズ『王様戦隊キングオージャー』にも出演。 オーディションで高虎役を射止め、知勇兼備の秀長の腹心を演じる。 |
藤堂高虎を演じた俳優と代表作・特徴
直近で注目を集めているのは、2026年の『豊臣兄弟!』で高虎を演じる佳久創さんです。
元ラグビー選手という経歴は、身長190cmの巨漢だったとされる高虎のイメージと重なります。
1600人以上の応募があったオーディションを勝ち抜いたという話からも、制作側のこの役への力の入れようが伝わってきます。
幼少期・青年期で俳優が分かれるケース
藤堂高虎の場合、幼少期と成人後で俳優が分かれた作品はありません。
高虎は15歳で浅井長政のもとに仕えて姉川の戦いで初陣を飾っていますが、この幼少期〜青年期を主軸に描いた大河ドラマはこれまでありません。
藤堂高虎が主人公にならないと、幼少期や青年期で俳優が分かれることはないでしょう。
俳優ごとの起用傾向と演技スタイル

藤堂高虎役に起用される俳優には、ひとつの傾向が見えてきます。
それは、知性と力強さの両方を感じさせる俳優が選ばれやすいという点です。
高虎は身長190cmの巨漢であると同時に、築城術や算術に長けた実務家でもありました。
単なる猛将でも、単なる知将でもない。
そのため、「文武両道」を体現できる人物が起用される傾向があるのかもしれません。
また、高虎は大河ドラマの中で単独の主役を張るタイプの人物としてはまだ描かれておらず、主人公を支える脇役としての登場がほとんどです。
限られた出番のなかで、確かな印象を残せる演技力が求められる役どころといえるでしょう。
藤堂高虎が主人公として描かれた大河ドラマは?
藤堂高虎が主人公として描かれた大河ドラマはまだありません。
ただし、9作品すべてで端役にとどまっているわけではなく、作品によって存在感の大きさには差があります。
なかでも印象深く描かれた作品を見ていきましょう。
葵 徳川三代(2000年)|家康の側近として存在感
2000年放送のNHK大河ドラマで、関ヶ原の戦いから徳川家光の時代までを描いた作品。
藤堂高虎を演じたのは田村亮さんです。
本作の高虎は、東軍武将の一人として関ヶ原で奮戦するだけでなく、家康・秀忠の信頼を得て近侍する存在として描かれました。
他の東軍武将の多くが関ヶ原後に物語から退場するなかで、高虎は物語中盤まで登場し続けた点が特徴的です。
どうする家康(2023年)|知将としての高虎像
2023年放送のNHK大河ドラマで、徳川家康(松本潤)を主人公とした作品。
藤堂高虎を演じたのは網川凛さんで、大河ドラマ初出演でした。
本作では「天下人家康の流れをつくった知将」と位置づけられ、第40回「天下人家康」から登場しました。
羽柴秀長のもとで才能を開花させ、秀吉死後は武断派としていち早く家康支持に転じるという、高虎の政治的な嗅覚が描かれています。
豊臣兄弟!(2026年)|秀長の腹心として本格的に描写
2026年現在放送中のNHK大河ドラマで、豊臣秀長(仲野太賀)を主人公とした作品。
藤堂高虎を演じるのは佳久創さんです。
これまでの大河ドラマでは、高虎は関ヶ原前後の徳川方の武将として終盤に登場するケースがほとんどでした。
しかし本作では、秀長と出会い、武勇だけでなく算術・鉄砲・築城などを学びながら知勇兼備の武将に成長していく過程が描かれます。
秀長が主人公だからこそ、その腹心である高虎の前半生に光が当たるのは自然な流れで、大河ドラマでの藤堂高虎の描かれ方として大きな転換点になりそうです。
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大河ドラマの藤堂高虎によくある質問(FAQ)
大河ドラマに登場する藤堂高虎に関して、よくある質問をまとめました。
藤堂高虎は何をした人?何がすごい?

藤堂高虎(1556〜1630年)は、戦国時代から江戸時代初期に活躍した武将・大名です。
近江国犬上郡藤堂村(現在の滋賀県甲良町)の小領主の家に生まれましたが、父の代にはほぼ農民同然にまで没落していたとされています。
15歳で浅井長政のもとに仕えて姉川の戦いで初陣を飾りますが、浅井家滅亡後は阿閉貞征・磯野員昌・織田信澄と主君を転々としました。
転機となったのは天正4年(1576年)、21歳で豊臣秀長に仕えたことです。
秀長のもとで武勇だけでなく算術や築城術を学び、中国攻め・賤ヶ岳の戦い・四国攻め・九州征伐と各地の合戦で功を挙げて大名にまで出世しました。
秀長の死後はその養子・豊臣秀保を後見しましたが、秀保も早世すると出家して高野山に入ります。
しかし豊臣秀吉の要請で還俗し、伊予宇和島7万石の大名に。
秀吉死後は徳川家康に接近し、関ヶ原の戦いでは東軍として活躍して伊予今治20万石に加増されました。
その後も家康の信任のもと伊勢津藩の初代藩主となり、最終的には32万3千石余の大名にまで上り詰めています。
また、加藤清正・黒田官兵衛と並ぶ「築城三名人」としても知られ、今治城・津城・伊賀上野城・江戸城の縄張りなど20以上の城に関わりました。
層塔式天守を考案したのも高虎で、近世の天守建築に大きな影響を与えた人物です。
藤堂高虎と豊臣秀長の関係は?
藤堂高虎にとって豊臣秀長は、人生を大きく変えてくれた恩人ともいうべき主君です。
天正4年(1576年)、主君を転々としていた高虎は300石で秀長に召し抱えられました。
秀長のもとで高虎は武勇だけでなく算術や築城術、兵站管理といった実務面の才能を伸ばし、各地の合戦で功を重ねて1万石の大名にまで出世しています。
高虎にとっての秀長は、武辺一辺倒だった若武者に「学問の重要性」を教え、才能を引き出してくれた存在でした。
秀長が天正19年(1591年)に52歳で亡くなった後、高虎は秀長の菩提寺である大光院を自費で京都大徳寺内に移し、豊臣家が滅んだ後も法要を続けています。
この菩提寺への支援は高虎以降の藤堂家にも受け継がれました。
高虎が生涯にわたって秀長への恩を忘れなかったことがうかがえます。
藤堂高虎と徳川家康の関係は?

高虎と家康の関係は、秀長の存命中にすでに始まっていました。
天正14年(1586年)、秀吉に謁見するため上洛する家康の京都屋敷の建設を、秀長が高虎に任せたのがきっかけです。
高虎は渡された設計図に警備上の問題を見つけて独断で設計を変更し、費用も自分で負担しました。
完成した屋敷を見た家康はその心遣いに感謝し、以後、高虎と親交を深めたとされています。
秀吉の死後、高虎はいち早く家康に接近し、弟を人質として江戸に送るなど信頼関係を固めました。
関ヶ原の戦いでは東軍の先鋒を務め、大坂の陣でも徳川方として参戦するなど、家康の天下取りを一貫して支えています。
家康は臨終の際、枕元に高虎を招いたと伝わっています。
外様大名でありながら幕閣に匹敵する待遇を受けた高虎への信頼の深さが伝わるエピソードです。
藤堂高虎の子孫(末裔)は?
藤堂高虎の跡を継いだのは、側室・松樹院との間に生まれた長男の藤堂高次です。
高次以降も藤堂家は津藩主として続きましたが、高虎の直系で藩を継いだのは5代・高敏までとなります。
高敏以降は、高虎の弟・高清の子孫など一族から養子を迎えて家督を相続し、幕末まで津藩32万石を維持しました。
明治維新後は華族(子爵)に列せられ、現在は藤堂高正さんが藤堂宗家の15代当主を務めています。
また、お笑い芸人のゆってぃさん(本名:藤堂雄太)が藤堂高虎の末裔を公表したことでも話題になりました。
藤堂高虎のゆかりの地は?
藤堂高虎ゆかりの地として、まず挙げられるのが滋賀県犬上郡甲良町の藤堂高虎公生誕地です。
高虎が生まれ育った藤堂村(現・在士)の地で、高虎公園には銅像が建てられています。
築城の名手として知られる高虎が手がけた城も、重要なゆかりの地です。
高虎が築城・改修に関わった主な城を一覧にまとめました。
| 城名 | 所在地 | 備考 |
|---|---|---|
| 和歌山城 | 和歌山県 和歌山市 |
秀長の命で普請奉行を担当 |
| 赤木城 | 三重県 熊野市 |
一揆鎮圧の拠点として築城 |
| 宇和島城 | 愛媛県 宇和島市 |
居城として築城。現存12天守のひとつ |
| 大洲城 | 愛媛県 大洲市 |
肱川を天然の堀に利用し近世城郭へ大改修 |
| 今治城 | 愛媛県 今治市 |
層塔式天守を初めて採用した城 |
| 津城 | 三重県 津市 |
津藩の居城として大改修 |
| 伊賀上野城 | 三重県 伊賀市 |
高石垣が有名。大坂方への備え |
| 膳所城 | 滋賀県 大津市 |
家康の命で縄張りを担当 |
| 丹波亀山城 | 京都府 亀岡市 |
天下普請で築城 |
| 丹波篠山城 | 兵庫県 丹波篠山市 |
西国大名の監視を目的に築城 |
| 江戸城 | 東京都 千代田区 |
縄張り全体の設計を家康から任された |
藤堂高虎が築城・改修に関わった主な城
なかでも今治城(愛媛県今治市)は、高虎が初めて層塔式天守を採用した城として築城史上重要です。
堀に海水を引き込んだ構造で、海から船が直接入れる実戦的な設計が特徴です。
津藩の拠点となった津城(三重県津市)も欠かせません。
高虎は津城の大改修を行うとともに城下町の整備にも力を入れ、現在の津市中心部の骨格を築きました。
津市では高虎を「津藩祖」として顕彰していて、関連する史跡や資料も数多く残されています。
藤堂高虎のエピソードを知りたいです
藤堂高虎には、その人柄と生き方がよくわかる逸話がいくつか残っています。
若き日の高虎が主君を転々として食うにも困っていたころ、三河吉田宿(現在の豊橋市)の餅屋で無銭飲食をしてしまいます。
正直に白状して謝ったところ、店主から「故郷に帰って親孝行しなさい」と諭されて路銀まで与えられました。
のちに大名として出世した高虎は、参勤交代の途中にその餅屋に立ち寄り、餅代を返したと伝えられています。
高虎の旗指物「三つ餅」は、この逸話にちなんだものともいわれています。
天正14年(1586年)、秀吉に謁見する家康のために京都屋敷を建設する際、高虎は渡された設計図に警備上の問題があるとして、自費で設計を変更しました。
家康から設計図と違う点を指摘されると、「天下の武将である家康様に御不慮があれば、主人秀長の不行き届き。ご不興であればお手討ちください」と答えたとされています。
家康はこの心遣いに感謝して刀を与え、以後、高虎との親交が始まりました。
高虎は身長約190cm(6尺2寸)の巨漢だったとされています。
生涯を戦場で過ごしたため体中に傷が絶えず、手足の指が何本か欠け、爪のない指もあったと伝えられています。
遺体を清めた者がその傷跡の多さに驚いたという逸話は、高虎が自ら最前線で戦い続けた武将であったことを物語っています。
藤堂高虎に関連する本でおすすめは?
藤堂高虎についてさらに深く知りたい方に、おすすめの本を紹介します。
【羽柴秀長と藤堂高虎(NHK出版新書 753) 黒田基樹 著 Kindle版あり】
2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』の放送に合わせて刊行された新書です。
豊臣秀長と藤堂高虎の主従関係を一次史料に基づいて丁寧に解説した本で、ドラマをより深く楽しむための一冊です。
【図説 藤堂高虎──乱世を駆け抜けた稀代の名将 諏訪勝則 著】
藤堂高虎の生涯を図版とともにわかりやすくまとめた一冊です。
築城に関わった城の図面や合戦の解説も充実しており、高虎の全体像を把握するのに適しています。
【虎の城 上(角川文庫) 火坂雅志 著 Kindle版あり】
藤堂高虎を主人公にした歴史小説です。
足軽から大名へと駆け上がった高虎の生涯を、スケール感のある筆致で描いています。
史実に沿いながらも物語として読みやすく、高虎に興味を持った方の入門書としておすすめです。
まとめ|大河ドラマで描かれてきた「藤堂高虎像」の変遷とその魅力
藤堂高虎は、1983年の『徳川家康』から2026年現在放送中の『豊臣兄弟!』まで、9作品の大河ドラマに登場してきました。
長らく「関ヶ原前後に登場する徳川方の武将」という脇役的な立ち位置にとどまっていた高虎ですが、2026年の『豊臣兄弟!』で状況は大きく変わりそうです。
秀長の腹心としてその前半生が本格的に描かれれば、これまで大河ドラマでは見えにくかった高虎の姿が浮かび上がってくるはずです。
また、足軽から32万石の大名にまで上り詰め、家康の臨終にまで立ち会ったその75年の生涯は、いつか主人公として一年間描かれてもおかしくないスケールを持っています。
次に藤堂高虎が大河ドラマに登場するとき、だれがどんな形で演じることになるのか!?
では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!